
低く連なる一戸建ての向こうに、浅山の山並みがのぞいている。
堤防の向こうは、白い海。海の上の空も白い雲でおおわれている。
季節はいつの間にか、秋。
高台の並木を涼しい風が吹き抜けていく。
詩人になった気分で歩いていたら、先行く背の高い背中がふり返った。
「――で。綾。なんでオレについてくんだよ? おまえの家は、逆方向だろ?」
坂のとちゅうで、ヨウちゃんが立ちどまって、腕を組んでる。
いつも思うんだけど、片肩にかけたグレーのランドセルがぜんっぜん似合ってない。
放課後。あたしは自分の家に帰らないで、高台のてっぺんにある自宅カフェ「つむじ風」をめざしてる。
「べつに。ヨウちゃんに用があるわけじゃないもん。あたしは、ヨウちゃんのお母さんと約束してるだけだもん」
あたしは、ランドセルをゆらして、ぷいってそっぽ向いちゃった。
「はぁ? そんな約束、いつしたんだよ?」
「きのうの晩、電話がかかってきたの。お母さんはヨウちゃんとちがって、記憶喪失にならないからね。先週の夜のこと、ちゃ~んと覚えてくれてて、『調子はどう? お店に出す新作のシフォンケーキができたから、よかったら試食に来てくれない?』って誘ってくれたの」
「……なんだよ。記憶喪失って」
ヨウちゃんの右眉が、ピクっとあがる。
「べつに~」
あたし、ほっぺた、ぷっくり。
だって、この人、すごいんだよ?
ふつう、あんなことがあったらさ。次の日、学校に行ったら、なにかかわるのかと思うじゃん。
そしたら、ぜんっぜん。
あいかわらず、女子たちとイチャイチャしゃべってるし。まあ、最近は、男子たちとも遊んでるみたいだけど。
こないだなんて、リンちゃん、「最近、中条君が、わたしたちにちゃんと興味持って、いろいろきいてくれるから、うれし~」なんて言ってたんだよ。
「めげずに、二回目告白するんだ~」だって。青森さんまで「卒業キャンプまでに告白する」って言い出したし。
そのくせ、ヨウちゃん、あたしの前は素通り。
「ヨウちゃんさ~。あの晩。たしか、あたしに『オレがいる』って言ったよね~。あたしになにがあっても、そばにいてくれるって。けどさ~、あたしあれから、ヨウちゃんに、目も合わせてもらえないんだけど~」
「はぁ? べつにいいじゃねぇか。オレは『おまえがひとりになっても』って言ったんだぞ。おまえ、永井や河瀬と楽しそうにしてんだから、オレがわざわざ話す必要ねぇだろ?」
あ……覚えてはいたんだ……。
あたしが何度、あの晩のことを、ぜんぶ夢かと思ったことか。
あの晩の次の日。
学校に行ったら、有香ちゃんがあたしの席にやって来た。
「きのうはごめんね」って、有香ちゃんは頭をさげた。
――真央ともいろいろ話したんだけど。わたしたち、綾ちゃんが言うように、中条のこと、ほとんど知らないんだよね。それなのに、勝手に相手に悪いイメージつけたら、いけないよね。綾ちゃんがだれと仲良くてもさ、わたしたちは綾ちゃんの親友だから――
真央ちゃんも、丸いほっぺたでにっこり笑った。
――そ~そ~。よく考えたら、うち、有香の好きな人の趣味、理解できないんだよな。でも、有香だって、うちの好きな人の趣味を理解できない。だから、うちらが綾の好きな人の趣味を理解できなくても、と~ぜんなんだよな――
「好きな人じゃない!」って、ちゃんと否定しといたけど。
リンちゃんたちはと言えば、最近ヨウちゃんにかまってもらえるから、あたしの悪口を言うのはやめたみたい。
それはそれで、ホッとしたんだけどね。
な~んか、ずっと胸がもやもや。
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