
かごにいっぱいの虹色のレモンバームの葉をつんで書斎にもどると、お母さんは、ヨウちゃんがつかったなべをキレイに洗って、つくえの上も整えてくれていた。
「水、一リットルに、レモンバーム十グラムを入れて、濃縮」
で、出た。濃縮!
「きっちり百ミリリットルまで濃縮させたら、火をとめて。グリセリンとはちみつを……」
なんかいろいろやることがあるみたいだけど。まずはまな板の上で、葉っぱの千切り。
お母さんは薬づくりには関われないから、フェアリー・ドクターのあたしひとりで。
包丁でトントン、トントン。地道な作業。
ちゃんとはかって、葉っぱをなべに入れて。水もしっかり一リットルはかって。
あとはぐつぐつ煮つめてく。
きっちりで火をとめて、ガーゼで葉っぱをこしながら、耐熱ビーカーにそそいだら、八十三ミリリットルしかなかった。
「お母さん。もう一度おなべに入れ直して、足しちゃダメなんですか?」
「一度冷やしたら、つかえないって書いてあるわ。残念だけどやり直しね」
ぐ……ふりだし。
それから、時計の長い針が、ぐるぐるぐるぐる回る中。
あたしは、永遠、薬づくり。
強火にしたり、中火にしたり、弱火にしたり。火の調節まで分刻みで決まってる。
ちょっとでも、まちがったら、ゲームオーバー。
おなべの中は、緑色のキレイな液体。……だったのが、煮こんでいくうちに深緑色。さらに濃くなって、なんかドス黒い茶色にかわって。
もう、コンロのつまみを切っただけでもわかる。
――失敗。
「……綾ちゃん、だいじょうぶ?」
顔をあげると、ヨウちゃんのお母さんが、あたしの肩にショールをかけてくれていた。
湯気の立つティーカップが、つくえの上に置かれる。
「あんまりこんつめると、バテちゃうわよ。ちょっと休みましょうか?」
「あ……ありがとうございます……」
涙がこみあげてきた。
ヨウちゃんは、これをひとりでやってたんだ……。
だれかに本を調べてもらうこともなく。だれかに声をかけてもらうこともなく。
「あ……あの……ヨウちゃんは……?」
「部屋で寝てるわ。あせらなくても、だいじょうぶ。あの子も落ちついてるから」
だけど、あたしが薬をつくらなきゃ、ヨウちゃんはずっと治らない……。
「お母さん。あたし、やります」
一口飲んだカモミールティーを置いて、あたしはイスから立ちあがった。
千切りにした葉っぱはもう全部つかっちゃったから、また、包丁で刻むところから。
涙は、手の甲でキレイにぬぐって。
包丁持って、トントントン。
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