
「……え?」
「人間の世界には、オレがいるだろ? おまえの友だちがどっかに行こうが、おまえがクラスでひとりぼっちになろうが、オレがずっと、おまえといてやるよ。オレだけはぜったいに、綾を見放さない。だから……お願いだからっ! オレのために帰って来いっ!! 」
……なに……それ……。
ビュンっと風が吹いた。
ヨウちゃんの右手の甲に、スパッと傷がつく。
「っ!」
ヨウちゃんがとっさに手を開く。
小ビンが転げて、宙にうかぶ。
「あっ!! 」
あたしは、さけんだ。
小ビンの中から、虹色の液体が丸いしずくになって、宙に飛び散る。
大粒のしずく。夜空に舞う虹色のしずく。
「ヨウちゃんの薬がっ!」
あたしは妖精の少女の手をふりほどいた。
ふわふわパーマの少女の青い瞳が、さみしげにゆれる。
虹色の丸いしずくが、シャボン玉のようにふりそそぐ中。
あたしは、妖精の少女と向かい合った。
「……ごめんなさい。あたしはやっぱり、妖精の世界には行けません」
パッと背を向けて。虹色のしずくに向かって、両腕をさしだして。
大玉みたいなしずくを、自分の胸にしっかりと抱きとめる。
水滴がはじける瞬間。
口を開いて、虹色の液体をのどの奥に流し込んだ。
「綾ぁっ!」
ヨウちゃんの声をきいた気がした。
ガバっと上半身を起こしたら、ベッドの横に大きな窓があった。
おぼろ月が、うす雲に虹色の輪をつくってる。
「ヨウちゃんっ!」
ふとんをはねのけて、立ちあがる。足にずんと体重がのしかかった。
お……重……。
わすれてた。
人間の体って、こんなに重いんだ……。
空を飛ぶ羽もない。くるくるステップを踏んで、軽やかに踊れない。
重くて、不器用、不格好。
「ヨウちゃんっ!! 」
バンと、ドアを開けたら、ヨウちゃんの家の二階の廊下だった。
重たい足がもどかしくてしょうがない。前のめりになって、体を引きずるようにして、階段を一階までおりていく。
玄関のドアを開けると、月明かりがハーブの庭を照らしていた。
ヨウちゃんのお母さんが、庭にしゃがみ込んで、ヨウちゃんを呼んでいる。
お母さんの足元で、ヨウちゃんは横たわっていて、地面に右ほおをつけている。
チラチラと銀色のりんぷんが、夜空へあがっていくのが見えた。
妖精たちの羽が、虹色の輪の中に消えていく。
……帰っていくんだ……。
妖精の世界へ。
「……綾。もとにもどれたのか……?」
かすれた声にハッとなって、あたしは庭の小路にかけ寄った。
お母さんに背中を支えられて、ヨウちゃんが胸を持ちあげてる。
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