
「はい。それじゃ、今晩はうちでお預かりしますね。あ、綾ちゃんにかわるんですか。ご、ごめんなさい。綾ちゃん今ちょっと、お風呂に入っておりまして。ええ、ええ。お伝えしますね。いいええ~。お気になさらないでください。うちは大歓迎ですので。それじゃあ、お休みなさい」
一階の窓の中で、ヨウちゃんのお母さんは、カフェのカウンターに置かれた固定電話の受話器を置いた。
「かあさん、綾の親はオッケーだって?」
ドキッとした。
ヨウちゃんが階段をおりてきて、カウンターに入ってくる。
「オッケーよ。きょうはうちで泊りますって、お伝えしたわ。それで、綾ちゃんは?」
「本体は、かあさんの部屋に寝かせてきた。妖精のほうは知らねぇ。かあさん、庭のヒソップ、少し切っていい?」
ガラッと、窓ガラスが開いた。
サンダルをつっかけて、ヨウちゃんがお店から庭に出てくる。園芸バサミを片手に、こっちに歩いてくる。
み、見つかっちゃうっ!
ハーブの草影に隠れたら、ヨウちゃんは、小路のはたにしゃがみこんだ。背の高い草の、まっすぐにのびた茎を、パチンパチンと切っていく。
「ヒソップの花よ葉よ茎よ。和泉綾を本来の姿にもどしたまえ」
切った草を、麦みたいに束ねて肩にかついで。また窓に入ってく。その背中で、茎の先についたラベンダーに似た形の花が、虹色にゆれている。
ヨウちゃんが窓枠に手をかけて、窓を閉める瞬間。
あたしは羽をはばたかせて、家の中に飛び込んだ。
◆
地下室の書斎は、濃い草のにおいで充満している。
ヨウちゃんはさっきまで、ヒソップの茎をはさみで細かく刻んでいたけど、今度は厚底なべで、ことこと煮はじめた。
お父さんのつくえの上に、ガスボンベの小さなコンロを置いて。コンロの上のなべをかきまぜている。
手元には、ページの開かれた翻訳ノート。茎をすりつぶしたすり鉢。ボロボロにこぼれたヒソップのお花と葉と茎。
あたしは、つくえに積みあげられた本の山の陰から、そのようすをのぞいてる。
「えっと、けっこうめんどくさいな。浄化の煎剤をつくるには、花と葉と茎を、一対十対二十の割合で入れ、煮出し汁を、十倍に濃縮する……」
ヨウちゃん、ノートを読みあげて、「ちょっと茎の量が少なすぎか?」って、おなべに、茎をパラパラ。
「濃縮したら火をとめ、十度まで冷やして、液体が虹色にかわれば、完成……」
コンロのつまみをカチッと切って、ヨウちゃんは煮出し汁を、耐熱ビンに注ぎこんだ。それからビンを、氷水のボウルにドポン。
「って、失敗か。ぜんぜん虹色にかわんねぇ。やっぱ、水温計がないとムリか」
「はぁ」ってため息ついて、肩をこきこき。もう一度ノートに目を通して、「あ?」って大きなひとり言。
「『薬を調合するとき、分量や温度はすべて正確でなければならない』ま、マジでかっ?」
おたおたと上のお店にのぼっていって、水温計と計量カップと調理用のはかりを両手に抱えて、もどって来る。
「よし、仕切りなおしだっ!」
今度は慎重に、葉っぱのグラムをはかりだした。
薬の調合って、むずかしいんだ……。
今までみたいに、葉っぱをペットボトルの水にひたしたり、お花をつんできて花ビンに活けたりするだけじゃ、ダメみたい。
……あたしを人間にもどす薬だからかな……?
本当はあたし、こんなところにいないで、仲間をさがしに行こうとは思っているんだけど。
でも……外って暗いんだよね……。
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