
「……綾……」
だって……だってね。
「妖精の世界に行くこと」は、あたしの救い。
どんなにアホっ子でも、ドンくさくても。ちゃんとどこかには、自分の居場所があるんだって、安心していられること。
それがなくなったら、あたし……どうしたらいいの……?
「ヤダぁ~っ!! あたしは妖精だもん~っ!! 」
ぶわっと、背中で風が吹いた。
冷たい風。
窓のカーテンを舞いあげて、あたしの体のまわりに、竜巻みたいな渦をつくる。
バラバラと髪の毛が乱れた。
ひざのところで、白いワンピースのすそがひらめく。
「……あ……や……?」
間の抜けた声がした。
顔をあげると、教室の真ん中で、ヨウちゃんが目を見開いていた。
足を支えるスイッチが切れたみたいに、ストンと腰から、ゆかにへたりこむ。
あたしに向けられてる、琥珀色の目。ふわふわゆれて、さだまらない。
「お……お、おまえ……はね……」
羽――?
あたしは、教室の窓に背を向けて立っていた。
両肩の後ろに、ヨットの帆のようなものが、ピンと大きく張られていく。
その帆の放つ光が、あたしの肩やほっぺたやワンピースを、銀色に照らしだす。

羽……。
銀色をした、大きな、アゲハチョウの羽。
背中の筋肉の力を抜いてみる。
左右同時に、羽がゆっくりと、広がる。
今度はきゅっとちぢめてみる。羽がゆっくりと閉じる。
チカチカ、チカチカ……。
あたしの肩に頭に、銀色のりんぷんがふりそそぐ。
足の力が抜けた。
見おろしたら、うわばきとゆかの間に、数センチのすき間ができていた。
……え?
はばたくごとに、すき間は十センチ、二十センチと増えていく。
う、浮かんでる……?
「綾、待て……」
「来ないでっ!」
あたしは、ぐっと羽に力を込めた。
ぶわっと風が吹く。
「っ!」
風の直撃を受けて、ヨウちゃんが一瞬、目を閉じる。
その間に、羽が起こした風にのって、あたしは宙に舞いあがった。
開いた窓から抜け出して、空へ。
「あ、綾ぁっ!! 」
自分の足の何十メートルも下。
窓から身をのりだしたヨウちゃんが、三階の教室が、その上の屋上が。模型みたいに小さく見えた。
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