
「……どうした? ――あ。このノート、読んだのか……?」
ヨウちゃんが立ちあがって、自分のつくえの上から、翻訳ノートを持ちあげた。
「――そうか。読んだなら、わかったと思うけど。朝言ってた大事な話ってのは、このことだよ。おまえにはキツイ話だと思うけど、こうなったら、もう、ぜんぶ受け入れろ。これが、おまえが夢見てた『妖精の羽』の真実だ」
……ヤダ。
その話、ききたくない……。
「とうさんは、たしかに綾に『羽がある』って話をした。けど、それは『綾は妖精だ』っていう意味じゃなかったんだ。『希望の空を飛べる』っていう、比喩的な表現だったんだよ。『まるで~』とか『例えば~』とかがくっつくような、そういう話な。
おまけに『子どもにはみんな』って言ってる。羽があるのは、綾ひとりだけにかぎった話じゃない」
「……やめて……」
体の中が、空洞になっちゃったみたい。
土管みたいな空洞の体を、自分の声が、しずくになって落ちていく。
「ウソ……ウソだもんっ! だって……それならおかしいじゃんっ! なら、どうしてあたしに、妖精の音楽なんて吹けたのよっ!? 」
「それはわかんねぇけど……たぶんなにか別の理由が……」
「ウソだっ!! ヨウちゃん、ウソついてるっ!! わかった! あたしに羽がないって思わせて、あたしから、羽を取りあげる気なんでしょうっ?」
「なんのことだよ?」
「お父さん、言ってたもん!『羽を、きみ自身が信じられなくなってしまったら、きみの羽は抜けてしまう』ってっ!」
「だからそれは。比喩的な表現で……」
「やめてっ!! 」
あたしは、両手で耳を押さえてちぢこまった。
怖い……。
白い霧みたいにかすむ思考回路の下で、脳が、少しずつ気づきはじめている。
あたしは、妖精じゃない。
あたしは、ただの人間。
ヨウちゃんのお父さんは、あたしを元気づけようとして「羽がある」っていう「たとえ話」をしてくれただけ。
「綾、とりあえず落ちつけ。次のページは読んだのか? とうさんはぜんぶがぜんぶ、比喩的な話をしたわけじゃないんだ。ひとつだけ、本物の夢をおまえにたくしたんだよ。綾、昔、小さい真珠みたいなものをわたされなかったか?」
「そんなアメ、とっくになめちゃったよっ!! 」
「え……な、なめ……?」
「なめるに決まってるでしょ! アメなんかずっととっておいたって、べっとべとになるだけだもんっ!」
どうしよう。
夢から覚めたら、羽が抜けちゃう。
あたしは妖精の世界に行けなくなる。
「ヤダぁ~っ !! 人間の世界になんて、もういたくない~っ !!
人間の世界なんて、ごちゃごちゃごちゃごちゃ、めんどくさいことばっか! 恋とか、人間関係とか、気にしなきゃならないことばっかりでっ !! みんなと同じスピードで、歩いていかなきゃならなくてっ! ちょっとでも遅かったら、指さされて、笑われて。
最後には、みんなから見放されて。あたし、ひとりぼっちになっちゃうっ!! 」
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