《4》 羽開くとき 9 - ナイショの妖精さん1
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《4》 羽開くとき 9

  20, 2018 21:30
20181108



「……どうした? ――あ。このノート、読んだのか……?」


 ヨウちゃんが立ちあがって、自分のつくえの上から、翻訳ノートを持ちあげた。


「――そうか。読んだなら、わかったと思うけど。朝言ってた大事な話ってのは、このことだよ。おまえにはキツイ話だと思うけど、こうなったら、もう、ぜんぶ受け入れろ。これが、おまえが夢見てた『妖精の羽』の真実だ」


 ……ヤダ。

 その話、ききたくない……。


「とうさんは、たしかに綾に『羽がある』って話をした。けど、それは『綾は妖精だ』っていう意味じゃなかったんだ。『希望の空を飛べる』っていう、比喩的な表現だったんだよ。『まるで~』とか『例えば~』とかがくっつくような、そういう話な。

おまけに『子どもにはみんな』って言ってる。羽があるのは、綾ひとりだけにかぎった話じゃない」


「……やめて……」


 体の中が、空洞になっちゃったみたい。

 土管みたいな空洞の体を、自分の声が、しずくになって落ちていく。


「ウソ……ウソだもんっ! だって……それならおかしいじゃんっ! なら、どうしてあたしに、妖精の音楽なんて吹けたのよっ!? 」

「それはわかんねぇけど……たぶんなにか別の理由が……」

「ウソだっ!!  ヨウちゃん、ウソついてるっ!!  わかった! あたしに羽がないって思わせて、あたしから、羽を取りあげる気なんでしょうっ?」

「なんのことだよ?」

「お父さん、言ってたもん!『羽を、きみ自身が信じられなくなってしまったら、きみの羽は抜けてしまう』ってっ!」

「だからそれは。比喩的な表現で……」


「やめてっ!! 」

 あたしは、両手で耳を押さえてちぢこまった。


 怖い……。


 白い霧みたいにかすむ思考回路の下で、脳が、少しずつ気づきはじめている。


 あたしは、妖精じゃない。

 あたしは、ただの人間。

 ヨウちゃんのお父さんは、あたしを元気づけようとして「羽がある」っていう「たとえ話」をしてくれただけ。


「綾、とりあえず落ちつけ。次のページは読んだのか? とうさんはぜんぶがぜんぶ、比喩的な話をしたわけじゃないんだ。ひとつだけ、本物の夢をおまえにたくしたんだよ。綾、昔、小さい真珠みたいなものをわたされなかったか?」


「そんなアメ、とっくになめちゃったよっ!! 」


「え……な、なめ……?」


「なめるに決まってるでしょ! アメなんかずっととっておいたって、べっとべとになるだけだもんっ!」


 どうしよう。


 夢から覚めたら、羽が抜けちゃう。


 あたしは妖精の世界に行けなくなる。


「ヤダぁ~っ !! 人間の世界になんて、もういたくない~っ !! 

人間の世界なんて、ごちゃごちゃごちゃごちゃ、めんどくさいことばっか! 恋とか、人間関係とか、気にしなきゃならないことばっかりでっ !! みんなと同じスピードで、歩いていかなきゃならなくてっ! ちょっとでも遅かったら、指さされて、笑われて。

最後には、みんなから見放されて。あたし、ひとりぼっちになっちゃうっ!! 」




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