
「ソラシー シラソラー シラソー シレミー」
ヨウちゃんが音符を読みながら、パンパン手を打つ。
お父さんの書斎の窓から見えるのは、暮れていく空と夕日にかがやく海。
あたしは窓ぎわのゆりイスに腰かけて、リコーダーをフーフー。
重厚な本だなや古い本たちに見守られて。
オシャレで優雅なひととき。
――だったら、よかったんだけど……。
「綾。リズムおかしい。ソラシーだろ? なんでおまえ、ソーラーシになるんだよ」
「そこ! また調子はずれた。レレミレだけ、すげ~早い」
はじまって一時間。ずっと、この調子。
「いったい、おまえどうなってんだ? 音符が読めないのかと思ったら、読めてるし。リコーダーの穴に、指押さえられねぇのかと思いきや、ちゃんとできてんのに。なんでぜんぜん別のメロディーみたいになってんだよ?」
「そ、そんなの知らないよ~」
あたし、涙目。だって、もう十二回も吹いてるんだよ?
「次は口で歌ってみろ」
「う、うん……」
で。耳できいたとおりに、ドレミで歌ってみたんだけど。
「わかった……おまえ、究極のオンチなんだ……」
ヨウちゃんはお父さんのつくえの上で、頭を抱えちゃった。
「イヤ、オレだって、音楽なんてそんな得意なほうじゃねぇけど。けど、おまえの場合、音感とか、拍とか、そういうもんがまったく頭にない……。……ヤバイ、どうすればいいのかわかんなくなった……ちょっと上行って考えてくる……」
ヨウちゃん、重症患者みたいに真っ青な顔で、ふらふら部屋を出て行く。
なによ、しつれい……。
あたしは、ゆりイスの上でひざを抱え込んだ。
でも、そっか……あたしって、音感がないんだ……。
幼稚園のころから、みんなでお歌を歌うたびに、先生にイヤ~な顔されたわけがやっとわかった。
でも、そんなのどうしょうもないじゃんっ!
だって、あたしはこれでまちがいじゃないって思うんだよ? あたしが歌うメロディーで合ってるって思うんだよ?
リコーダーをもう一度口につけて、そっと息を通してみる。
ぽーと音が流れだす。
目をつぶって。自分が奏でる音にだけ、耳を澄ませて。
次の音。次の音。思うように指を動かしてみる。
あ……気持ちいい……。
好きなリズム。好きな音階。さがりたくなったら、さがって。あがりたくなったら、あがって。早くなって、遅くなって。
くるくる、くるくる。万華鏡みたい。頭の中でイメージが回っていく。
小花のかんむりが転げていって。かんむりはやがて、大きな一輪のバラにかわる。バラの花びらが散って、くだけて、ハラハラ白い雪になって、大地にふりそそいで――。
カタ……。
横で音がした。
リコーダーから口をはなして、そっちを見たら、ヨウちゃんが二組のティーカップののったトレイを、書斎のつくえの上に置いていた。
カタカタ、カタカタ……。
トレイの上のカップが微妙に震えてる。
……あれ?
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