
高台のてっぺんに、ひときわ白い横板壁の家が見えてくる。
とんがり屋根に風見鶏。
あたしは、バラのアーチの後ろから、そっとハーブのお庭をのぞき込んだ。
小路の奥に、石レンガづくりのポーチが見える。白木のドア。「定休日」ってプレートのかわりに、きょうは「営業中」ってプレートがさがってる。
う~。入りにく~い。
「やっぱ、帰ろっかな」って、足を引いたとき、ハーブの茂みから、ふわっとシャワーが飛んできた。
シャワーは中に小さな虹をつくって、じょぼぼぼって、あたしの目の前の道をぬらす。
あ、あっぶな~!
「げっ! 飛ばしすぎたっ!! 」
茂みの奥から、つばの広い麦わら帽子をかぶった人が、「すみませ~ん」って出てきた。
つばがあがって顔が見えたとたん、相手もあたしも、同時に「うわっ 」っと後ずさった。
「よ、ヨウちゃんっ!? 」
「あ……綾~っ!! 」
ヨウちゃんのほっぺた、真っ赤っ赤。
で、そのかっこう見て、あたしは「あはははは」って大笑い。
だってこの人、うちのクラスのボス。女子たちにキャーキャー言われてる、モテモテくん。
それが……それが……。
農家のおじさんみたいな、麦わら帽子をかぶって。黒いゴム長ぐつをはいて。軍手にホースを持っちゃって。
ホースの先から、水がしぴぴぴぴ。

「なにそのカッコっ! ヨウちゃんって、ガーデニング男子ぃ~っ !?」
「おまえ、勝手に造語するな! こ、これは、熱中症になるからかぶれって、かあさんがっ!」
あわてて、麦わら帽子を取るヨウちゃん。
「ねぇ、もしかして、ここの葉っぱって、ヨウちゃんが育ててたの?」
「ちげ~よ。こないだから、かあさんに任されてんだよ。フェアリー・ドクターなら、自分が薬草につかうハーブくらい、自分で育てるべきだって。かあさんは、もともと、とうさんのハーブ園を引きついで、店でつかってたんだ」
「ふ~ん」
「お。ワイルドストロベリー、ランナーがだいぶ出てんじゃん。こいつを土にうめてやると、根づいて小株が増えるんだよ」
ヨウちゃん、小路にしゃがみこんで、なんかしはじめた。
横の茂みからのびているアホ毛みたいに、ぴろんと長い茎と小葉を、ショベルで土にうめている。
「この猫草みたいなのは、レモングラス。で、となりに小さい丸い葉が密集してるのが、タイム。こっちのシソみたいな形の黄緑の葉は、ペパーミント。ミントは繁殖力が強いから、ほかのハーブが荒らされないように、気をつけねぇといけないんだ」
「くわし~んだね」
「こないだまでは、雑草レベルにしか思わなかったんだけどな。葉っぱの性質がわかるようになると、なかなかかわいくなるもんだな」
口元をほころばせて、ミントの葉をさわるヨウちゃん。愛犬の頭をなでてるみたい。
「ぷっ。正真正銘、ガーデニング男子~」
「うるさい、綾! で、なに? なんでうちに来たわけ?」
げ……。
立ちあがったヨウちゃん。あたしの手のリコーダーを見おろして、ニヤ~。
「こ、これはっ !! ちがう! あたしは、このお店のお客さんに来ただけっ!」
「ふ~ん。ちなみに所持金は?」
ぎゃっ! お店に入るには、お金がいるんだったっ !!
ショートパンツのポケットをさぐったら、出てきたのは十円玉二枚。
ヨウちゃん、これみよがしに「はぁ」って、肩で息をついて。
「かあさん、客~」って、ドアの中に入っていく。
「ま、待って! 二十円じゃ、なんにも……」
あわてて追いかけたら、ヨウちゃんは、開いたドアを背中でおさえて待っていた。
「入れよ。リコーダーの特訓終わったら、かあさんのハーブティー、ごちそうしてやるから」
ふんわりやわらかい琥珀色の瞳。

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