《3》 アホっ子ちゃん、がんばる 1 - ナイショの妖精さん1
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《3》 アホっ子ちゃん、がんばる 1

  22, 2018 20:29
2018102201




「このノート、返すね」


 妖精たちが飛んでいって、がらんどうになった砲弾倉庫の前で。

 あたしは自分のナップサックから、翻訳ノートの束を出して、中条にわたした。


「あたしがこのノートを読んでも、アホっ子だから、ちゃんと覚えきれないし。ヨウちゃんだって、毎日原文訳して、睡眠時間三時間じゃイヤでしょ?」


「……は? おい、和泉……」


 カッコよく立ち去りたいから、あたし、ひとりでずんずん、お花畑の中を歩き出す。

 妖精たちが消えていったお花畑で、ヒヨドリがさえずってる。
 世界はすっかり、いつもの日常。


「待てって。おまえはまた勝手に、人を下の名前で……」


 ぐいっと、肩を引きもどされる。


「って、言うか、いいのか? 和泉だって、フェアリー・ドクターになりたかったんだろ?」

「うん。けどね。きょう、がんばってるヨウちゃん見て、あたし思い直したの。ヨウちゃんはずっと、パパのことを気にかけてて、でもヘタレだから、向かい合う勇気がなかっただけじゃないかって」

「……おまえな。いちいち、つっかかる言い方を……」


 言い方はアレだけど、でも本当。

 もしかしたら中条は、ずっと地下のあかずの間を気にしていたのかもしれない。

 ドアを開けて、小さいころに亡くなった自分の父親がどういう人だったのか、知りたかったのかもしれない。


「だから、パパのお仕事は、ヨウちゃんが引きつがなきゃ。あたしはいいんだ。あたしはフェアリー・ドクターじゃなくって、本物のフェアリーだもん!」


 声に出したら、ドキドキした。


 さっき、妖精の女の子を治すために、妖精の輪に入ったとき。
 妖精たちが、あたしの肩にとまってくれた。

 あのとき、自分も妖精の仲間になれた気がしたんだ――。



「……は? 本物のフェアリー?」


 中条の声が裏返る。


 人に話すのなんてはじめて。

 有香ちゃんにも真央ちゃんにも話せなかった。

 ママにだって、パパにだって、ナイショにしてた。

 あたしの胸の、奥の奥の話。


「あのね。あたし、小さいころ、ヨウちゃんのお父さんと妖精を見たことがあるって言ったでしょ? そのとき、お父さんに言われたの……。あたしの背中には羽があるって……」


 足元で赤紫色の小花がチラチラとゆれる。たわわな小鈴。チラチラ、チラチラ。

 一歩一歩。思い出に近づくみたいに、あたしは、一言一言、ゆっくり話す。



 胸のところで両手をにぎりあわせて、顔をあげると、足を赤紫色の花にうずめて、ヨウちゃんが立っていた。


「……そうか」



 だいじょうぶ。

 だいじょうぶ。この人ならわかってくれる。

 この人はもう、冷たいだけの中条じゃない。



「――和泉、おまえさ」


 すっと、琥珀色の目が、あたしを見つめる。

 ドキンと、心臓がとびはねる。





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