《7》 出口のないトンネル1 - ナイショの妖精さん5
fc2ブログ

《7》 出口のないトンネル1

  22, 2023 23:33
5_7.jpg



 六年生の教室は、今朝も騒がしい。


「おはよう~」って声。

「土日、なにしてた~?」って声。

「家でゲーム」とか「サッカー」とか、そんな声が答える。


 あたしは、教室の中に入らないで、ドアの前で立ちどまっていた。

 あたしのおでこには、絆創膏がはられてる。

 スカートから出ている左ひざにも、絆創膏がはられてる。

 アホ毛はあいかわらず、頭のてっぺんでつっ立っていて。これじゃ、いつも以上に、ドジなアホっ子キャラ、丸出し。


「和泉ぃ。おはよ~」


 あたしに気づくと、黒板の真ん前の席で、誠が笑った。


「綾ちゃん、おはよ! きょうも寒いね」

「てか、そんな、ドアの前につっ立ってたら、通行のジャマだから。さっさと中入んなよ」


 廊下側の真央ちゃんの席で、有香ちゃんと真央ちゃんが、あたしに手招きしてる。


「……うん」


 ランドセルの取っ手をにぎりしめ、あたしは教室に一歩足を踏み入れた。


 トンッと肩に、後ろから何かがあたった。

 ふり返ったら、だれかのグレーのランドセル。

 ランドセルを肩にかついだその人は、あたしにふり向かないで、長い足でどんどん歩いていっちゃう。


 あたしは、息を殺して、遠ざかっていく琥珀色の後ろ髪を見つめた。


 真央ちゃんが「あれ?」って顔で、一番後ろの席についたヨウちゃんを見る。その目が、あたしにたずねるみたいに、まばたき。

 だけどあたしは、それに答えないで、マフラーにあごをうずめて、笑った。


「おはよ。ふたりとも。きょうは一段と寒いね~」


 真央ちゃんの席まで歩いて行ったら、有香ちゃんが眉毛をひそめた。


「綾ちゃん? おでこの絆創膏、どうしちゃったの? って、ひざにも?」


「あ……えっとね。えっと……浅山にハイキングに行って、転んじゃった」


「まったく、さすがは綾だな。近所の山に遊びに行って、しっかりケガして帰ってくるとか。いいかげん、そのドジっぷりをどうにかしなきゃ、しまいには、ダンナにまで愛想つかされるぞ」


「ね、だけど綾ちゃん……その……綾ちゃんのダンナさんのほうも、ケガしてない……?」


 有香ちゃんにつられて、あたしはまた、教室の一番後ろの席を見た。


 あ……たしかに。ヨウちゃんの左のほっぺたにも、絆創膏がはられてる。


 土曜の夜、ヨウちゃんはあたしのケガばっかり心配してくれたけど。自分だって、いっぱいケガしてたんだよね。

 力なくこっちを見てる琥珀色の瞳。目のふちが赤くって、下に紫色のクマができちゃってる。

 あたしと目が合うと、ヨウちゃんは目をそらした。ランドセルから教科書を出しはじめる。


 ズキンと胸に矢がささった。


 言わなきゃだよね。

 あたしの恋を応援してくれた、ふたりには。


「……真央ちゃん、有香ちゃん……あのね……」


 つぶやくくちびる、震えてきちゃう。


「……ヨウちゃんはもう……あたしのカレシじゃないの……」


 あたしは、冷たい自分の左こぶしを、自分の冷たい右手のひらで、ぎゅっとにぎった。





次のページに進む

前のページへ戻る



コミカライズ版もあります!!


【漫画シーモア】綾ちゃんはナイショの妖精さん


【漫画kindle】綾ちゃんはナイショの妖精さん


【漫画動画1巻1話】



にほんブログ村


児童文学ランキング
スポンサーサイト



Comment 0

What's new?