
「綾、ほかに痛いところはないか?」
ヨウちゃんは、あたしの左肩に、レモンバームの塗り薬を塗ってくれた。
「えっと……。あとは、転んだり、枝に打ちつけたりしたところ。レモンバームは妖精の羽につけられた傷にしか、効かないんだったよね」
「……ああ……ごめんな」
薬が効かないのは、ヨウちゃんのせいじゃないのに。ヨウちゃんはしゅんっと、肩を落としてる。
「へ~き、へ~き。どうせすぐに治るって」
「けど、おまえ、アザになるぞ。こんなにあちこちにケガさせて、ごめん」
「だから、ヨウちゃんのせいじゃないって~」
やさしいヨウちゃん。なんでもひとりで背負い込んで、「自分のせい」だって思っちゃうヨウちゃん。
「ヨウちゃんて、マジメすぎるんだよ。これからは、もっと肩の力抜いてさ。いっしょに笑えるカノジョつくってね」
言っちゃって、しっぱいした。
やっととめた涙が、また目からあふれてくる。
気づかれないように、先に立って、あたしは大またで登山道をくだりはじめた。
数歩遅れて、ヨウちゃんも歩いてくる。
鼻をすする音がきこえる。
鏡は、外人墓地のオークの木の根元にうめてきた。
これでもう、ハグは出てこなくなるのか。そうじゃないのか。
あとは、運を天にまかせるだけ。
登山道とアスファルトの道路が交わるところまでおりてくると、ザワザワと人の声がきこえてきた。
「……なんだろ?」
あたしがふり返ると、後ろでヨウちゃんも首をかしげてる。
「ラベンダーとサンダルウッドのミックスパウダーよ。ダーナの末裔とうつしよを統合したまえ」
ヨウちゃんが、ビンにのこった最後の粉を、登山道とアスファルトの間に撒いた。
粉から虹色の光があがってきて、うかびあがった虹色の壁は、闇に消えていく。
あたしたちは、登山道の外へ、足をのばした。
アスファルトの道の路肩に、丸っこい軽自動車がとまってる。
その前で人が三人、話している。
声を荒げた男の人の姿に見覚えがあった。
「……パパ?」
あたしがつぶやくと、パッと懐中電灯の光が、あたしとヨウちゃんに向けられた。
「綾っ! 葉児君もっ!」
パパの横で、口元に両手を置いて、立ちすくんでいるのはママ。
「きみが葉児君かっ!」
パパが大またでズカズカ、ヨウちゃんのところに近づいてくる。
メガネをかけて、やせていて、パパはあんまりしゃべらない静かな人。
だけど今、パパは、上からギロッてヨウちゃんをにらみつけてる。
「うちの娘をこんな時間に、こんな山の中につれ込んで、なにしてたっ!? 」
「えっ パパっ ちがうよっ!」
「綾、どうしたの? この傷っ!? 葉児君、あなたこないだ、綾を大切にするって、わたしに約束してくれたわよねっ!? 」
ママまで、ヨウちゃんに向かっていってる。
「ち、ちがうってばっ! ヨウちゃんはなんにもしてないのっ!! 」
間に割って入ろうとしたあたしの両肩に、ヨウちゃんのお母さんが後ろから手を置いた。
「綾ちゃん。綾ちゃんのご両親は、綾ちゃんがいなくなったのを心配して、あなたの携帯電話のGPS機能をつかって、ここまでさがしに来てくれたのよ」
おだやかな声。
だけど、ママとパパはいきり立ってる。
「中条さん、見損ないました! わたしたちはあなたを信頼して、綾と葉児君のおつきあいを認めていたのにっ!! あなたはこんな、真夜中の登山なんてあぶないことを、子どもに容認したんですかっ!? 」
「待って! ヨウちゃんのお母さんもヨウちゃんも悪くない! あたしが勝手にここに来たのっ!! 」
「綾ちゃん……」
ふり返ると、ヨウちゃんのお母さんがふんわりとほほえんでいた。
「いいの。わたしたちのせいにしちゃいなさい。わたしは……あなたと葉児が無事に帰ってきてくれただけで……。それだけで……もう、じゅうぶんだから」
「で、でもっ!」
「……かあさん……」
お母さんの視線が、ヨウちゃんにうつる。
「おかえり、葉児。よくがんばったわね」
ほおも鼻も土だらけにした息子を見おろして、お母さんはぽっくりエクボをつくって、笑った。
次のページに進む
前のページへ戻る
コミカライズ版もあります!!

【漫画シーモア】綾ちゃんはナイショの妖精さん

【漫画kindle】綾ちゃんはナイショの妖精さん
【漫画動画1巻1話】

にほんブログ村

児童文学ランキング
スポンサーサイト