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追いかけてもムダだった。
綾の銀色のチョウの羽は、すでに五メートルは上空に飛びあがってしまっていた。
オレはひとり、墓の真ん中にとりのこされる。
「……あいつ、なんてことするんだよ。こんな墓地に置き去りとか……。いじめか?」
ビビりな自分をあわれんでみても、答えてくれる相手はいない。
ため息をついて、目の前の巨木を見あげた。
外人墓地にそびえるナラ――オーク――の木。
葉のない枝に、ヤドリギの葉が、鳥の巣のように丸く、からみついている。
その根元に懐中電灯の光をあてると、スコップが立てかけられていた。横には、水筒と小さな紙袋も置いてある。
紙袋を拾いあげて、中を確認する。コッペパンがひとつに、リンゴがひとつ入っている。
オレは、リンゴの横で二つ折りになった紙を引っぱり出した。
「葉児君 がんばれ!」
メモに鵤さんの字が書かれている。
胸がじんと熱くなった。
スコップはきっと、最後に鏡を割って、土にうめるときに必要だと、用意しておいてくれたものだろう。
「……ありがとうございます」
今は閉園している植物園のほうへ、一礼。
綾のことは気になる。けど今は、自分の責任をはたさなければ。
オレは、鏡入りのかばんを、木の根元におろした。
まずは、下準備。祭壇づくりから。
よみがえりの儀式には、妖精の霊気を充満させている浅山全体の力を借りた。「巻きもどしの法」でも、それを借りる。
そのために、浅山の主である「ネミの王」を祀り、呼び出さなければならない。
とか言っても、やることは、ガキのままごとみたいに現実感のないことで。
オレは、星空の下をうろうろして、地面から、真ん中がくぼんだまんじゅうみたいな石をひとつと、つららのようにとがった石をひとつ、見つけだしてきた。
さらに、大き目の平たい石を運んできて、とうさんの墓の前にすえる。
石台の上に、さっき見つけたくぼんだ石と、とがった石を左右にならべた。
さらに、パンとリンゴを置き、水筒の水を水筒のコップにそそいで、コップをパンの左横に置く。
「……完成」
ちゃちだけど、これが祭壇。それでも、しっかりと役割をはたせることは、とうさんをよみがえらせたときに証明している。
「はじめるか」
懐中電灯を地面に置いて、手のひらで、自分のほおにペチッと気合を入れた。
これから「巻きもどしの法」をつかって、さかさまな順序で、よみがえりの儀式をしていく。
「この森をつかさどりし、ネミの王よ。我にその力を貸したまえ」
墓石の北側に立ち、ラベンダーとサンダルウッドのミックスパウダーを撒きながら、西へ。それから南へ。東へ。もどって北へ。正式な方法とは逆。反時計回りに。
「一、二、三、四……」
歩数は正確でなければならない。墓を回り切って、また北に立つまで、ぜんぶで二十一歩。半歩多くても、少なくても、魔力はかからない。
緊張で足がかたくなる。
虹色の光が、砂ぼこりのように闇に舞う。
「二十一!」
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