
足元から土が消えている。
登山道のわきが、土砂くずれにあったときのまま、崖になって、闇の底へ落ち込んでいる。
「よ、ヨウちゃ……」
胃が浮いたような感覚がして、ジェットコースターに乗ったみたいに、体が落下しはじめた。
「きゃああああああっ!!」
痛い、痛いっ!
激突してくる木の枝。しめった土。
ヨウちゃんが両腕をまわして、上からあたしの頭を守った。
「ぶっ! ふぎゃっ!!」
目の前のモッズコートの胸に、あたしはしがみつく。
葉っぱのにおい。
土のにおい。
あたしたちは抱き合ったまま、土の斜面を落ちていく。
「きさまら、どこに逃げる気だっ!! 」
さっきまでいた登山道の上から、ハグの声がした。
妖精の羽のついた杖が、槍のようにせまってくる。
ヨウちゃんの背中に向かってくる。
あたしは、肩甲骨に力を入れて、アゲハチョウの羽をはばたかせた。
右足の裏で、地面を蹴る。重いモッズコートの胸とともに、夜空に舞いあがる。
杖はヨウちゃんの左わきの下を通って、崖を落下していった。
ハアハアと、暗がりに自分たちの息づかいがきこえてくる。
闇に落ちていく杖を見届けてから、あたしはヨウちゃんを抱いて、ふんわり山の茂みに舞いおりた。
ヨウちゃんの心臓の音がきこえてくる。
あたしを頭から包み込む、頑丈な腕があったかい。
枝の上から、フクロウの鳴き声がきこえてくると、ヨウちゃんはようやく身じろぎをした。
のろのろと、あたしの頭から手をはなす。
あたしは、懐中電灯をつけて、背中の羽をしまった。
まぶしさに目をしかめるヨウちゃんのおでこを見たら、ヘッドランプは割れてしまってる。
「……綾……ほっぺた、痛いだろ?」
ヨウちゃんは壊れたヘッドランプをはずすと、モッズコートのポケットをさぐって、小ビンを取り出した。
「……レモンバームの塗り薬?」
「……ああ」
小ビンの中に指をつっこんで、虹色のローションをあたしのほおに塗りつける。
虹色の光がほおにあたったと思うと、痛みは波が引くように、消えていった。
「ありがとう」
「……いや……オレのほうが助けられた。綾が来てくれて……よかった……」
ヨウちゃんの細い声が、あたしの胸にやわらかいあかりをともす。
「ねぇ、これから、どうする……? 計画めちゃくちゃになっちゃった……。あいつをどうにかしなきゃいけないのに、このままじゃ身動きもできないよ……」
たずねてみたけど、ヨウちゃんは返事をしない。見たら、木の根にひざを抱えて座り込み、うつむいていた。
だよね……。ヨウちゃんにだって、かんたんには、作戦をたてられないよね……。
あたしは崖の上をあおいだ。
真っ黒い木の枝が、魔女の腕のように星空にのびている。この山のどこに、あいつがうろついてるのか、もうわかんない。
「綾。やっぱり、羽を切れ」
「……え?」
あたしはまばたきして、ヨウちゃんを見返した。
「だけど……ヨウちゃんだって今……あたしに助けられたって言ったじゃない……」
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