
「イタっ!」
ほおが焼けるように熱くなる。痛みで、体の全神経が麻痺して、力が抜ける。
「あ、綾っ!? 」
ヨウちゃんといっしょに、あたしも登山道に落っこちた。
ほっぺたが痛い。地面に打ちつけた腰が痛い。
「綾っ! おまえ! ケガっ!!」
ヨウちゃんはすばやく身を起こして、あたしのほっぺたに手のひらをそえた。その視線が、あたしを通り越して、後ろの木に向けられる。
あたしも、ふり返った。
幹に、杖がつきささってる。先端についているのは妖精の羽。
この杖、今、槍みたいに飛んできて、あたしのほおをかすめたっ!
「しょうがないなぁ。子どもという生き物は、どうしてこう、親の言うことをおとなしくきいていられないんだろうなぁ?」
ザク、ザクと足音が近づいてくる。
「……ハグ……」
ヨウちゃんが、あたしを背中に隠して、足音のする方角にふり返った。
星明かりの中、筋肉質で長身の男の黒いシルエットが歩いてくる。
「てめぇっ!! よくも、綾を傷つけたなっ!」
ヨウちゃんがさけぶと、ハグは白い目を見開いて笑った。
「なにを言ってる? 先に、その子に傷つけられたのは、わたしではないか。しかも、わたしは、おまえにだまされて、こんなところまでつれてこられた。こうでもして、自分で自分を守らなければ、わたしは、おまえたちに何をされるかわからないのだよっ!」
ヨウちゃんは、木の幹から杖を引き抜いた。そのまま、逆手に持って、ハグに向かってかまえる。
「おお……怖い。なんで、そんな物騒なものを、父親の顔に向けられるのかね? さぁ、その杖をゆっくりとおろしなさい。そして、その子をこちらにさしだしなさい。おまえが、わたしに、この父親の中に入られるのがイヤだと言うなら、わたしは、その子の体に入らせてもらうしかないのだからね」
「……なんなんだよ、その二択は……」
ヨウちゃんは、杖をかまえる手に力を込めた。
「ほかにも手はあるだろ? おまえの存在が消えてなくなるとかっ!」
槍投げのように相手にかまえて、腕を後ろに引く。
「よ、ヨウちゃん、ダメっ!」
あたしはとっさに、ヨウちゃんの背中にかじりついてた。
「体を痛めつけたって、中身のハグは無傷だよ。それより、そんなことしたら、ヨウちゃんの心のほうが傷ついちゃう! だって、お父さんを傷つけたとき、あたし、すごく胸が痛かったもん!」
「……綾……」
ヨウちゃんが息を飲む。
「いいぞ、小娘。そのままかじりついてろ」
地を這うような声があがった。
ハッとした瞬間、ガシっと、杖の先を反対側からつかまれていた。
ハグが、ヨウちゃんの手から杖をもぎとろうとしている。
「くっ!」
ヨウちゃんは、杖をふって、ふりほどこうとする。だけど杖はゆさぶられない。ハグの強い力に、舵を取られてしまってる。
「えいっ!」
あたしも身をのりだして、杖をつかんだ。ヨウちゃんといっしょに、こちら側に引き寄せる。
杖は、棒引きの棒のように動かない。
ハグが、あたしのお腹を蹴った。
「きゃっ! 」
あたしの背中は、押し出されて、ヨウちゃんの胸に激突する。
「い、イタ……」
「綾っ! だいじょうぶかっ!? 」
ヨウちゃんの手から力が抜けた瞬間、ハグがブンと、杖をないだ。
「わっ!」
ヨウちゃんがおおいかぶさって、あたしの頭を守る。琥珀色の髪の先を、杖がかすめる。
ず……。
左足のスニーカーの裏がすべった。
――え?
しめった土に足を取られて、あたしの重心がぶれる。
横に倒れていくあたしに、おおいかぶさるヨウちゃんの体もつられる。
ヨウちゃんの腕の重みが、あたしの左肩にかかった。
ガクン。
体勢がくずれた。
体を支えてくれるはずの地面が――ない――。
……え……?
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