
「なんで……杖が飛んできたの……?」
あたしの問いに、ハグは杖の先をヨウちゃんに向けたまま、口元をゆがめる。
「ふふ。ヨージの薬をすべてたたき割る前にね、ゴールデンロッドのビンをひとつ、拝借しておいたのさ。これはなかなか便利な代物だね。どこに置いていても、従順なタカのように、わたしの手の中にもどってくる」
「……ゴールデンロッドの小花のパウダー……。ふりかけた物は、たとえ持ち主が失くしても、自ら持ち主の手にもどる……」
ヨウちゃんは、地面にひざまづきながら、手で自分ののどぼとけを守って、ハグの杖をにらみつけている。
その先端に、銀色のトンボの形の羽がついている。
銀色の……妖精の……羽……。
「……まさか……それ……あの赤い髪の妖精の子の……?」
のどから出たあたしの声が震えた。
「さぁなぁ。どいつの羽だろうなぁ? 悪いがね、もうわからないんだよ。妖精の羽は小さいんでね。りんぷんがすぐになくなってしまわないように、予備に何枚か切らせてもらったからね」
あの子だけじゃないんだ……こいつ何人も妖精を……。
冷え込んだ胸の底から、ふつふつとマグマのような怒りがわいてくる。
「……サイテー……」
妖精は物じゃない。キラキラ笑い、踊り、あたしたち人間と同じ心を持った、ガラス細工のように繊細な生き物――。
「なにが最低だ!」
ハグが胸をねじった。
「羽が小さすぎるから、しかたなく何枚か切ったまでだっ! おまえのような人間大の羽を持つ妖精に、小さな羽の不便さがわかるというのかっ!?」
杖の先が、弧を描いて、ヨウちゃんからあたしにうつる。
「綾っ!!」
瞬間。
あたしは土を蹴って、飛びあがった。
高く。ハグの背より高く。
ハグの杖は、あたしを打てずに、宙に舞う。
あたしの背中が、銀色に光りだす。
銀色のりんぷん。
りんぷんが、あたしの背中に、アゲハチョウの羽の輪郭を形づくっていく。
あたしは、銀色の羽をはばたかせて、ふわっとハグの後ろに飛びおりた。
羽の先端に力を込めて、ハグの背中を引っぱたく。
「ぐっ!」
ハグがうめいた。
「き……さま……」
お父さんの大きな体が、ずるっと地面にくずれこむ。
その茶色い背広の背中が、刃物で切られたみたいに、ななめに裂けている。
赤い傷口。
この傷……今、あたしが、妖精たたきでつけた……。
心臓がこごえた。
血のにおいがする。
背広が裂け、下の白いシャツが裂け、その下の皮膚が切れて、赤黒い血がたれてくる。
……あたしのせいで……。
波打つ自分の心臓の音をききながら、あたしは大きく飛んで、ヨウちゃんの背中におりたった。
「あ、綾っ!? 」
ヨウちゃんがふり返る前に、両わきをつかんで、いっしょに空に飛びあがる。
「綾ちゃん……痛いじゃないか……」
杖で地面をついて、ハグがふらっと体制を整えた。
「どうして、わたしにこんなケガをさせるんだい? わたしはただ、ヨージの父親として、ヨージを正しく指導しただけなのに……」
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