
冬の夜の浅山は、虫の声さえきこえない。
しんと冷えた空気が、影になる木々のすき間まで、重たくうめてしまってる。
あたしはマフラーにあごをうずめて、白い息をはきだしながら、登山道入り口まできて、立ちどまった。
懐中電灯の光を、山道に向けてみる。
道ぞいの木の幹で、巻かれた黄色い蛍光テープがキラッと光った。その五メートルほど先の幹でも、黄色い蛍光テープが、懐中電灯の明かりに照らされる。
鵤さんが、ヨウちゃんのために巻いておいてくれた、道しるべ。
コートのポケットで、キッズケータイがバイブした。
取り出して画面を見たら、ママからの着信だった。
うわっ!? あたしがうちにいないこと、もうバレちゃったっ!
時計表示は夜の八時十分。バイブが震えるたびに、ママの心配が手のひらに伝わってくるみたい。
ごめんなさい、ママ。あたしはすごく悪い子です。
家に帰ったら、いっぱい怒られますっ!
枯葉を踏んで、登山道を歩き出す。
道を数メートル進んだところで、さっきまでいたアスファルトの道を、車のライトがのぼってきた。
懐中電灯を消して、道の横の木の陰に、身をかがめる。
車は、登山道入り口で停車した。
前の左右のドアが開いて、ふたりの人影がおりてくる。人影は、すぐに後部座席のドアを開けた。寝ているだれかを、頭と足で抱えて、ふたりがかりでおろしている。
わ……これから犯罪を隠ぺいする犯人みたい……。
ママが好きな刑事ドラマを思い出して、心臓がちぢみあがる。
「葉児、だいじょうぶ? やっぱり重いでしょ?」
ヨウちゃんのお母さんのひそひそ声がきこえてきて、ホッとした。
よかった。あそこにいる人たちは、やっぱりヨウちゃんとお母さんだ。
ってことは、今、ヨウちゃんの背中の上に押し上げられた人が、ヨウちゃんのお父さん。
つまり、ハグ。
ヨウちゃんもお母さんも、ちゃんと計画を遂行してるっ!
「へいきだ。なんとか歩ける。じゃ、行ってくるから。帰ってくるまで、だいぶ時間がかかると思うけど」
「何時間でも、待つわよ」
お母さんが手をふると、ヨウちゃんはひとつうなずいて、登山道入り口に足を踏み込んだ。
うわ……大荷物……。
ヨウちゃんの肩からぶらさがる、お父さんの両腕。筋肉質なお父さんの胸が、ヨウちゃんの細い腰におぶさっている。
肩にたすきがけしてるショルダーバッグの中身は、たぶん鏡。
一歩、二歩。
登山道に入ると、ヨウちゃんは首にひもでぶらさげているビンのコルクを、歯で抜いた。
ビンをかたむけて、虹色に光る粉を、登山道とアスファルトの道路の境に撒いている。
「ラベンダーとサンダルウッドのミックスパウダーよ。ダーナの末裔とうつしよをわかちたまえ」
声に応えるように、虹色の粉から、虹色の光が立ちのぼった。
光は壁のように、お母さんとヨウちゃんをへだてる。
やがて光は、夜闇に吸い込まれて消えていった。
これでもう、ヨウちゃんがフェアリー・ドクターの魔術を解除するまで、この山の中には妖精とフェアリー・ドクター以外、立ち入れない。
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