
「ママ、あたしがお皿洗うよ」
リビングから声をかけると、キッチンでお皿を洗っていたママの口元がほころんだ。
「まぁ、ホントっ!? 綾がお手伝いしてくれるなんて、めずらしいじゃない。助かるわ~」
「えへへ」と笑って、あたしは右手にスポンジ、左手にお皿を持った。
「……あら? 綾……それ……?」
ママの長いまつ毛が、まばたきして、あたしの胸元を見おろす。
部屋着丸出しのピンクのふわもこパーカ。だけど胸で、シルバーチェーンの華奢なネックレスが、あわく光ってる。小さなアゲハチョウのチャームつき。
「お夕飯食べ終わって、もう寝るだけなのに、綾、どうしてそんなのつけてるの……?」
「え? あ……うん……。ちょっと、そんな気分になっただけ」
あたしは口元だけで、また「えへへ」って笑った。
ヨウちゃんが、クリスマスにくれたネックレス。慣れない手で必死になって、あたしの首につけてくれた。
「ねぇ、ママ……」
お皿についた洗剤を流しながら、あたしはリビングのママに呼びかけた。
ママは、リラックスモードに入ったみたい。パーマのかかった髪を後ろにひとつでまとめて、ソファーでテレビを見てる。
「ママはさ……。きょう、パパが危ない目にあうって知ってるのに、パパが『ついて来るな』って言ったら、行かないでガマンして、ちゃんと家にいる?」
テレビの中で、クイズの司会者が笑ってる。パパはきょう、土曜出勤だから、夜の九時をすぎないと帰ってこない。
「なぁに、綾。ヘンなことをきく子ね。そんな話、マンガで読んだの? まぁ、映画とかマンガみたいなドラマティックなお話の主人公なら、『来るな』ってとめられても、ついて行くんでしょうね。でも、現実は……」
ママはあごに人差し指を置いて、天井を見あげた。
「パパといっしょに行って、ママにまで何かあったら、綾がこまるから。ママは行かないわね」
「じゃあ、昔だったら? あたしが産まれる前の、ママとパパが恋人同士のときは?」
「……そうね……」
ママはふっと目を細めた。
「……行っちゃったかもしれない。だって、パパはママにとって、ママの一部みたいなものだもの……」
パパは……ママの一部……?
あたしは自分の胸元を見おろした。アゲハチョウのチャームが、蛍光灯の光を反射している。
「でも、綾。これはあくまで想像の中でのお話よ。そんなことがじっさいにあったら、ママは行くより、まず警察に電話するわね。そのほかにも、人に助けを借りるなり、なんなり。方法は別にいくらでもあるでしょ?」
「そっか。そうだよね」
あたしは、洗ったお皿をかごに立てた。
気を抜くと、心臓をぞうきんみたいに、しぼりあげられる。
ヨウちゃん……今、なにしてるのっ!?
夕飯はもう食べた?
お母さんはお父さんのご飯にうまく眠り薬を入れられた? お父さんは気づかないで、ご飯を食べてくれた? ちゃんと眠らせることができた?
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