
「あ……そうか……バレンタインデー」
うす暗くなった空気の中、ヨウちゃんの口からも白い息があがった。
「……オレも、いろいろありすぎて、わすれてた。……ありがとう」
ヨウちゃんが両手をのばして、あたしの手の下から、箱を受け取る。
……もらってくれたっ!
ほかのみんなのチョコは受け取らないのに、あたしのだけはもらってくれたっ!!
なんかもう、浅山でのさみしさが、ぜんぶチャラになった気分。
「あ、あのねっ! そ、それからっ!」
あたしはさらに、紙袋の中に手をつっこんだ。
「あ、あの、あたしのことも、もらってくださいっ!! 」
「は、はぁ~っ!? 」
ヨウちゃんが大きくのけぞる。
「あ、綾っ!? おまえ、な、なに言ってっ!? 」
「これっ!」
紙袋の中のものをとりだして、両手でヨウちゃんの前にさしだす。両手のひらにすっぽりおさまるブリキ缶。上にバラの花みたいな、緑色の葉っぱが植わってる。
「これね、せ、せんべいびー、びーむっていう種類の葉っぱで……」
「カミカミじゃねぇか。ちょっと、よく見せてみろ」
ヨウちゃんがあたしの手から、ブリキ缶を持ちあげた。うす闇に目をこらして、缶にさしてあるピックを見てる。
「センペルビウム……多肉植物……の属名か。で、名前が『綾桜』?」
「そう、あたしの名前なの!」
あたしはぎゅっと、こぶしをかためた。
「これね、バラの花みたいでしょ? でも、葉っぱなんだって。しかもね、冬でも枯れない葉っぱなの。だから一年中、このままで咲きつづけるの。あのね、あたし、ヨウちゃんが大好き! この先、何度、桜の季節が来ても、ずっとずっと、ヨウちゃんのそばにいたいですっ!!
ヨウちゃんもおんなじ気持ちなら、この綾桜をもらってくださいっ!」
ぺこっと、ヨウちゃんの前で頭をさげる。
一気にまくしたてちゃったけど、だいじょうぶ? あたし、ちゃんと言えてた?
まるで、プロポーズしてる男子みたい。
ドクドク、ドクドク。今さら大きくなる心臓の音。
「は~、マジで心臓つぶされる……」
「え……?」
顔をあげると、ヨウちゃんは左腕にチョコと綾桜を抱えて、右腕で自分の目元を隠してた。
「綾……おまえさ。さっきから、なんなんだよ。ただでさえ、きょう一日、おまえにはキュンキュンされっぱなしなのに……」
「……え? きゅんきゅん?」
ヨウちゃんが腕を少しおろした。赤らんだ目が、まぶしそうにあたしを見てる。
「だって、綾……。綾だけは、無条件でオレのことを信じてくれたじゃねぇか。それにレモンバームまで、さがしてきてくれた。しかも、今のまんまのオレがいいとか……。そこまで言われてもう。こっちは、心臓崩壊寸前なのに……。それを必死で隠して、ここまで歩いてきたのに……。なんだよ。とどめ刺してんじゃねぇよ……」
え……? なにそれ……?
どうしよう。あたしだって今、キュンキュンしちゃってる……。
「綾、悪いけどこれ」
ヨウちゃんの手がのびてきて、紙袋に、チョコと綾桜をつめもどした。
「ええっ!? まさかの返品?」
「ちがう。ちょっとだけ、持ってて」
「……なんで……?」
ふわっと、体があったかくなった。
――え?
気づいたら、あたしは、ヨウちゃんの体に包まれてた。
ほっぺたにくっつく、モッズコートのあったかい胸。ヨウちゃんちの柔軟剤のにおいがしてる。
「う、ウソっ!? よ、ヨウちゃん? ダメだよ、ここ、人前っ!」
だって、一本、道を出たら、車が行きかう大通り。あたしたちのいる住宅街は、人通りはないけど、でも、まわりの家の窓に、明かりがついてる。
「ね、ねぇ。ご近所さんに見られたら、まためんどくさいよ。それに、ママに見つかったら……」
「ごめん、今だけは許して。オレ……完全にノックアウト」
……ヨウちゃん。
あったかい胸を引きはがすかわりに、あたしは、背中に腕をまわして、ぎゅっとしがみついた。
「……ヨウちゃん、ちゃんと帰ってきてね。ヨウちゃんのお父さんみたいに、急に消えちゃったりしないでね……」
「……消えねぇよ。だってオレ、ずっとずっと、おまえのそばにいなきゃなんないんだろ……?」
あたしの後ろ髪をくしゃっとなでて、ヨウちゃんは手のひらに力をこめた。

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