
「今、塾の帰り? 葉児には……とうぜん会えてないわよね」
青いスーツを着て。お母さんの目の下には、クマができている。生気をぜんぶ吸いとられちゃっているみたい。
あたしはくちびるをひきむすんで、立ちどまった。
ヨウちゃんが無事だってこと、お母さんに話したい。
だけどそしたら、ハグにまでバレちゃう。
「今ね、警察の人にお話してきたの。葉児が行方不明だってこと。あの子、今まで一度も、家出なんてしたことなかったのよ。それがまさか、こんなことになるなんて……。まして、あの子が家の中を荒らすなんて……。あの子が……そんな……暴力的なことを……」
「お母さん。ヨウちゃんのお父さんとは、いっしょじゃないんですか?」
「リズなら、家で留守番してくれてるわ。お店は臨時休業にしたんだけど。リズが、少しでも家のかたづけを進めておこうって、言ってくれて……」
あ……なんかまた、ムカムカっ!
「なんで、お母さんって、お父さんの言うこと、うのみにしちゃってるんですかっ!? 」
あたしはぎゅっと、レモンバームの入ったナイロン袋をにぎりしめた。
「……綾ちゃん……?」
お母さんの目が、力なくあたしを見返す。
有香ちゃんとあんまりかわらないくらいの身長。目が大きくてカワイイお母さん。だけどたまに、ハッと、目の覚めるようなことを言ってくれるから、あたし、お母さんはスゴイ人だって思ってた。
「お母さんみたいな、おとなになりたい」って、思ってた。
「リズさんが言ったことなら、なんでも正しいんですかっ!? だいたい、あの人、ヨウちゃんのお父さんの顔や格好はしてるけど、八年間も会ってなかった人なんでしょっ!? お母さんは、そんな人を信じて、十二年間もいっしょにいた、自分の息子をうたがうんですかっ!? 」

道行く人たちがあたしを見ている。おとなにエラそうにものを言う、チビなガキを。
「あたしは、ヨウちゃんの味方ですっ! お母さんのことなんか、もう知りませんっ!! でも……。もし……ヨウちゃんのことを信じてくれる気持ちがあるなら……。お母さん……あたしといっしょに来てくださいっ!」
あたしはうつむいて、くちびるをかんだ。
……怖い……。
ママでもないおとなに、怒鳴りつけてしまったことが。
それで伝わったかどうか、知るのが……。
「……行くわ」
顔をあげると、ヨウちゃんのお母さんがほほえんでいた。
涙のたまった目。クマは重くてつらそうで。だけど、ほっぺたにはぽっくり、エクボができている。
「綾ちゃん、ありがとう。……そうよね。葉児はわたしが育てたのよね。十二年間、毎日ずっといっしょにいたの。あの子に何があったのか、本当のことを知りたい。綾ちゃんがそれを知っているなら……どうか、わたしをつれて行ってください……」
あたしにさしだされるお母さんの手。
ドキドキしながらにぎったら、指が長くて、やわらかかった。
うちのママみたいにマネキュアをつけてなくて、つめもギリギリまで短く切られてる。
毎日水仕事をして、つかい込まれた手。
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