
浅山の中腹に、市立の植物園が建っている。
入園無料。冬でも葉ボタンやパンジーの花が咲きほこる、わりと大規模な植物園。
花壇の奥には、梅や柿やみかんなんかの低木も植わっているし、全面ガラス張りの温室だってある。
だけど、いつ来ても、お客さんがほぼゼロなのが、田舎町のかなしいところ。
「とりあえず、わたしの植物園においで。話をきくよ」と言われて、あたしは、鵤さんについてきた。
作業着の後ろポケットから、鍵をとりだして、鵤さんが門の柵を開ける。
ギイイイと門を押して、開けていく。
鵤さんは、ここの管理人さん。ヨウちゃんのお父さんが亡くなる前の友だちで、妖精のことも、フェアリー・ドクターのことも、お父さんからきいて知っている。
ヨウちゃんは、フェアリー・ドクターの薬をつくるとき、家の庭にない植物の葉や枝を鵤さんにわけてもらってる。
「毎朝、植物園に出社する前に、浅山を一周するのが日課なんだ。妖精の見守りパトロールは、もともとリズの習慣だったんだがね。どうも、受けついでしまったようでね。砲弾倉庫跡の前を通ってみたら、人がいたからおどろいたよ」
「ヨウちゃんのお父さんは、毎朝、妖精の見守りをしてたんですか?」
「そうだよ。リズはいつも、浅山の妖精たちの暮らしを、気にかけていた。ケガした妖精はいないか。こまってはいないか。リズが浅山を歩くと、今まで人間を警戒して出てこなかった妖精たちが、あつまってくるんだ。リズの肩や腕に、手乗りインコのようにとまってね。それは、それは、美しいながめだった……」
しわにかこまれた青い目で、遠くを見つめる鵤さん。
白雪姫に出てくる小人さんによく似てる。
目が青いのは、アイルランド出身だから。あたしは意味がわかんないんだけど、日本に「帰化」っていうのをしたみたい。日本名は、「鵤ダグラス」さん。
「わたしが生まれたアイルランドも妖精の伝承の宝庫だった。だから、リズからイギリスの妖精の話をきくと、故郷に帰ったような気分になれたのさ。植物園閉園後に、よくリズとふたり、植物園にウイスキーなんかを持ち込んで、飲み明かしたもんだ。そのあと、ふたりして清子せいこさんに怒られてね。
まだ、葉児君が幼い……今から、十年ほど前の話だね……」
言えない……。
ヨウちゃんのお父さんがよみがえっていて、中に黒い妖精が入っているだなんて。
「……なるほど、綾ちゃん。『妖精は、羽を切られると消滅する』――か。
たしかに、リズからそんな話をきいたことがある。その、妖精の羽を切った犯人も、それを知っている可能性が高いね。なにも知らない人間が、妖精の羽を切るとは考えにくい」
「人間がやったんですか? 猫や鳥のしわざじゃなくて」
「動物のしわざなら、妖精の体にも動物のつけた傷があると思うんだよ。綾ちゃんが見たところ、その赤毛の子の体の方は無傷だったんだよね?」
「……はい。でも……なんのために、その人は妖精の羽を切ったんだろう? あ……りんぷんが必要だった……とか」
「妖精の羽のりんぷんは、妖精と関わる人間にとっては万能薬っていう、あれかね?」
「はい……」
妖精のりんぷんは、妖精から受けたすべての傷を治す。
それに、フェアリー・ドクターの薬を無効化する――。
あたしの先に立って、植物園に足を踏み込んだ鵤さんが立ちどまった。
「な、なんだ、これはっ!? 」
あたしも息を飲んだ。
葉っぱが、めちゃくちゃにむしられてる。
花壇の中の葉ボタンやパンジーも。その奥に植わったハーブの葉っぱも。
「レモンバーム」と書かれた立て札の下の葉も、ブチブチと切られて、幹しかのこっていない。
「だれかが、夜のうちに忍び込んだのかっ 綾ちゃん、ちょっとここで待っていてくれ。わたしは警察に電話してくるっ!」
鵤さんが、入り口わきの管理棟のドアを開ける。
そして、動きをとめた。
「葉児君っ!! 」
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