
受話器の奥から、一瞬、音が消える。
「――ごめんなさいね、綾ちゃん。朝早くにおかしな電話しちゃって。このことは気にしないで。教えてくれてありがとう。もう切るわね」
プチンと電話が切れた。
にぎりしめる受話器が、あたしの手のひらの汗でしめっていく。
ビンゴだ……。
ヨウちゃんが……家から消えた……。
「綾? 中条さんはなんだって?」
後ろでママの、のんきな声。
「あたし、ちょっと外行ってくるっ! きょうは、朝ご飯いらないっ!」
「えっ!? ちょっと、綾っ!? 」
ドタドタ、自分の部屋に階段をかけあがって。
パジャマをぬぎ捨てて、トレーナーとショートパンツに着がえて。ピンクのコートのボタンをとめながら、また階段を一階におりる。
「綾、きょうも、十時から塾があるのよっ! わかってるのっ!? 」
「わかってるっ!」
ママの声に背を向けて。玄関でスニーカーをはいて。
あたしはドアを開けて、朝日のもとへとびだした。
高台の住宅街へつづく坂をのぼると、ハーブ園みたいなお庭が見えてくる。ひときわ白い横板壁。屋根には風見鶏。ヨウちゃんち。
アーチの門をくぐって、あたしは次に出す足をとめた。
……なにこれ……。
この庭にだけ、竜巻が通りすぎていったみたい。
冬越しのために、ヨウちゃんがこつこつ剪定したハーブたち。それが今、根がひっこぬかれて、茎がへし折られて。木の枝は裂けている。
「ど、ど、どうしてっ!? 」
「綾ちゃんっ!! 来てくれたのっ!? 」
玄関から、エプロンをかけたお母さんがかけだしてきた。
「お母さん、何があったんですかっ!? こ、このお庭っ!! 」
「……葉児がやったって……」
お母さんが、自分の口を手のひらでおおった。
「……ヨウちゃんが……?」
「り、リズが、昨晩、葉児が庭を荒らすところを見たって……」
お父さんが……?
そんなのウソに決まってんじゃんっ!!
「それでお母さん、ヨウちゃんはっ!? い、いなくなっちゃったんですかっ!? 」
「……ごめんなさいね、こんな朝早くに。わたしがあんな電話しちゃったから……。綾ちゃんのことだもの、心配になって、来ちゃうわよね」
「そんなの、いいんですっ! お母さん、ヨウちゃんはどうしていなくなっちゃったんですかっ!? 」
「それが……わからないの。夜、寝るまではふつうだったのよ。それなのに、朝、あの子が部屋から出てこなくて。おかしいと思って部屋を開けたら、あの子がいなくて……。庭を見たらこんなふうで……。しょ、書斎まで……」
お母さんが、声をつまらせた。
「……書斎……?」
お母さんの後ろで人影がゆれた。
お母さんよりもずっと背が高い男の人が、玄関から出てくる。
琥珀色の髪。茶色い背広。筋肉ののった厚い胸板。
「夜、わたしがトイレに起きたときにね。書斎から、ガラスを割る音がきこえてきたんだ。なぜこんな夜遅くにって。わたしも気になって、近づいたのさ。そうしたら、ドアが開いて、書斎からヨージが出てくるじゃないか。わたしは、声をかけたんだが。あの子はわたしを無視して、庭に出ていってしまった。
そして、朝起きたら、庭までこんなことにっ! まさか……まさか、こんなことになるとは思わなかったっ!! あの子がここまで深い闇を背負っていただなんてっ! ああ……あのとき、なんでわたしは、あの子をとめなかったんだっ!! 」
「リズのせいじゃないわ」
お母さんは、お父さんの背中をさすった。
「いや、わたしの責任だよ。ヨージは、わたしが帰ってきてから、おかしくなったのだろう? もしかしたら、自分にとっては記憶のうすい父親が、とつぜん家を占領しだしたことに、納得がいかなかったのかもしれない」
「……リズ……」
両手で自分の顔をおおうお父さんを、お母さんは心配そうにのぞきこんでいる。
なにこの茶番……。
ぎゅっと、くちびるをかみしめて、あたしはきびすを返した。
「綾ちゃんっ!? 」
「あたし、ヨウちゃんをさがしに行ってきますっ!」
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