
「あれって、なんのトラックだったんだろ。住宅街にパンを売りに来てたのかな?」
「だろうね~」
「あたし、おっきいパンが走ってくるみたいな気分だった」
「荷台が丸ごと、食パンのデザインだったしね。がぶりって、トラックごと食べちゃいたい、みたいな」
「あはは……そんなこと、できるわけないのに~。小さいあたしたち、ヘンっ!」
肩をすぼめてケラケラ笑ったら、鉄棒にもたれて、誠も笑った。
なつかしそうな、ちょっと泣きそうな、不思議な顔で。
その顔がふいに真顔になって、校庭のほうを見る。
「……葉児……」
「え……?」
あたしも校庭を見た。
昇降口からヨウちゃんが出てきていて、こっちを見ている。
「ヨウちゃんっ!」
あたしは、鉄棒からとびおりた。
鉄棒の下に置いていた紙袋を手に持って、ヨウちゃんのところに走り出す。
「ヨウちゃん、今までどこ行ってたのっ!? あのね、これ……」
だけど、ヨウちゃんは立ちどまって、自分の足元に視線を落とした。
「……また、誠かよ」
「え?」
「なんなんだよっ、嫌がらせかよっ!? どうしていつも、誠なんだよっ!? オレが、こんなになってるときにっ!」
「……え?」
心臓をしめつけられた。
「ヨウちゃん? ……なにかあったの?」
あたしの後ろから、誠がペタペタと歩いてくる。
「葉児ぃ、なにを怒ってるわけ~? 和泉はずっと、葉児のことさがしてたんだぞ~。葉児こそ、今までどこに行ってたんだよ?」
「……保健室だよ」
ひたいに手を置いて、ヨウちゃんは肩を丸めた。
「貧血起こして……寝てた……」
「えっ!? ……う、ウソ……? 具合悪いの、ヨウちゃん?」
「ヨージ!」
校門のほうから声がした。
ビクンと、ヨウちゃんの肩がとびはねる。
英語なまりのある男の人の声。
「帰りが遅いじゃないか! とうさん、心配で心配で、迎えにきてしまったよっ!! 」
そろそろと校門をふり返ると、茶色い背広を着た男の人がいた。
中折れ帽子のすき間から、琥珀色の髪がのぞいている。
あれは……。
ヨウちゃんのお父さんの体に入っている、黒いタマゴの中身。
「あれぇ? 葉児って、お父さんいないよね?」
誠が、目をしばたかせている。
ヨウちゃんは無言で歯ぎしりした。
その間にも、お父さんは、スタスタと校庭に入ってくる。
「あはは。かなしいなぁ。長年、家を留守にしている間に、わたしは存在しないことになってしまっていたなんて! ずっとイギリスに単身赴任しててね。先日帰ってきたところさ。きみは、ヨージの友だちかな? いつも、ヨージが世話になってるね」
「えっと……。どっちがどっちを世話とか、そういうのはないけど……」
誠、髪をぽりぽり。
ヨウちゃんは、お父さんから顔をそむけて、うつむいたまま。その腕に、お父さんの右手がのびてくる。
「さ、ヨージ。家に帰るぞ」
ぞくっと、背中に寒気が走った。
ヤダっ! ヨウちゃんにさわんないでっ!!
「待ってよっ! ヨウちゃんはあたしと帰るんだからっ!! 」
とっさに両腕を開いて、ヨウちゃんとお父さんの間に割って入る。
「あれ? 綾ちゃん、嫉妬しちゃったかい? それじゃあ、おじさんと三人でうちに来るかい?」
あたしがギンギンににらんでいても、琥珀色のお父さんの目は、笑いじわをうかべたまま。
その目の奥が、ドロッとにごって見えた。
……感情が……ない……。
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