
「あれぇ? 和泉ぃ?」
大きな口をにへっと横に開いて、誠がふり返る。
「ねぇ誠、どっかでヨウちゃん、見なかったっ?」
「え~? ぜんぜん。まだ、だれかのチョコを返しに行ってるんじゃん?」
「だよね~」
はぁ~と、白い息をはきだして、肩をがっくり。
「あはは。和泉ってば、葉児にチョコわたすタイミング、完全に逃しちゃったね~」
「そうなの~。なんでこう、肝心のときにさ……」
「オレなら、すぐにもらってあげるのに」
ハッとして顔をあげた。
どうしよう……。あたし、今、無神経に……。
誠は、桜の木の陰にかがんでいる。
そこに、小さな飼育小屋がふたつならんでる。飼っているのは、チャボが三匹に、ウサギが五匹。
「和泉、オレ、これから飼育委員の仕事するからさ~」
ふり返った誠はもう、眉尻をさげて笑ってた。鍵を開けて中に入って、ウサギのエサのお皿の上に、手に持っていたキャベツの葉っぱをのせている。
「あ。そういえば誠って、飼育委員だったっけ?」
「だよ。しかも六年だから、飼育委員長。今、給食室でさ、給食のおばちゃんに、のこりのキャベツもらってきたんだ」
「ね。あたし、水かえてきてあげようか?」
「和泉、いいの? 葉児をさがさなくて」
「だって、いないんだもん。ちょっと休憩」
「じゃあ、お願い~」
誠から、お水のお皿を受け取って、あたしは蛇口のところへ歩いていった。
誠は友だち。チョコは本命にしかわたさない。
自分で決めたことなんだけど、なんだか胃がじくじくする。
ごめんね、誠。
昇降口から出てくる小学生たちの中に、とびぬけて背の高い琥珀色の髪の男子の姿はない。
「和泉、手伝ってくれて、ありがと~」
ウサギとチャボのエサと水をかえて、誠といっしょに手を洗って。
ハンカチタオルで手をふいていたら、誠がにっこり笑った。
鼻の上にきゅっとしわが寄って、無邪気な笑顔。
わ……カワイ……。
「オレはもう帰るけど。和泉はどうする? まだ葉児のこと待ってるの?」
「うん……待とうかな~」
ランドセルを背中でゆらして、あたしは鉄棒にとびのった。
鉄棒の上に腰かけて、足をプラプラ。
アホ毛をゆらす冬の風。白い曇り空の下を、背中を丸めて帰っていく子どもたちの数も、ずいぶんと減ってきた。
もしかして、入れちがいで帰っちゃった……?
「……こうやってるとさ。なんか、幼稚園のころを思い出すなぁ~」
横を見たら、誠も、鉄棒に腕をかけて寄りかかって、目を細めてた。
「え……? 誠って、そんな大昔のこと、覚えてるの?」
「覚えてるよ~。オレ、すみれ組さんまで、和泉と同じ幼稚園で、よく遊んでたじゃん。親が離婚してからは、オレ、葉児と同じ保育園にうつったけど。和泉はわすれちゃった~?」
「お……覚えてるけど……」
「じゃあ、オレが和泉のこと、なんて呼んでたか覚えてる?」
「えっと、『あやたん』?」
「あれは、『綾ちゃん』って、言ってたつもりだったんだぞ~」
「誠って、口がまわらなかったんだ」
「そ~。こうやって昔よく、あやたん・・・・と、パンのトラックが通るのを待ってたよな~」
「あ、あれでしょ。お昼前になるといつも通る、食パンの形をしたトラック!」
「『ドレミの歌』のメロディー流して、幼稚園の前の道、通るやつ。園庭から、ながめるだけなんだけどさ。なんでか、トラックが通るのが、楽しみでさ~。お外で遊んでるとき、ふたりしてよく待ってたよな~」

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