《1》 はじめまして、お父さん1 - ナイショの妖精さん5
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《1》 はじめまして、お父さん1

  07, 2022 21:28
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  ★




 イヤな夢を見た。





 とうさんが「葉児(ようじ)、逃げろ!」って、さけんでいる夢。




 けど、夢の中のオレは、まだ、たったの四歳で。




 短い足がすくんで、どっちに逃げていいのかもわからなかった。







 自分の部屋を出て、一階におりると、自宅カフェ「つむじ風」の電気は消えていた。

 深夜二時すぎ。夜更かしが日課のかあさんでも、さすがに今は、二階の寝室で寝ているんだろう。

 暗がりを手さぐりして、カウンターの中にある蛍光灯のスイッチを押す。

 店内にならぶウッド調のテーブルが、うかびあがった。壁のいたるところにぶらさがるのは、ドライハーブの束。

 薪ストーブの火は落ちていて、冷たい夜の空気が足元からあがってきている。


 このカフェは、オレんちのリビングとキッチンもかねている。

 去年の夏、かあさんが家の一階の壁をとっぱらって、ワンフロアにリフォームした。そうして、自宅カフェ「つむじ風」をオープンさせた。

 とうさんが亡くなってから、パートをかけ持ちしたり、会社員をしたり、働きづめだったかあさんの顔に、カフェをはじめてから笑顔がもどった。


 カウンターの中に入って、冷蔵庫から、スポーツ飲料を取り出す。

 夜闇を飲み込む窓ガラスに、ペットボトルをあおる自分の姿がうつりこんでいる。

 イギリス人だったとうさんゆずりの、琥珀色の髪。琥珀色の目。小六だけど身長はすでに、百七十を越えた。


「年々、お父さんに似てくるわね」


 かあさんは、目を細めて言う。


――そのタマゴを、父親は、どうして妖精から取りあげたんだと思う?
四歳のこいつが、自分の口で、父親に言ったんだ。
『妖精のタマゴがほしい』と――



 少し前にきいた老婆の声がよみがえってきて、ぞくっと背すじが凍えた。


 オレが……とうさんに、妖精のタマゴをねだった。


 とうさんは、オレの願いを叶えるために、タマゴを妖精の手から取りあげた。

 そのせいで、タマゴは闇に落ちた……。


 窓ガラスにうつりこむ自分の眉間に、ぎゅっと深いしわが寄る。


 気にするな、オレ。気にしたら、負けだ。

 あいつの挑発なんて、さっさとわすれるんだっ!


 けど……。


 窓ガラスの中の自分の顔が、ベソをかいた四歳児のようにゆがむ。


 けど……それなら、とうさんは……オレのせいで……。



『父親は、おまえのせいで死んだんだ……』



 老婆のしわがれた声が、唐突に耳元からきこえた。


「う、うわっ!? 」


 ビビリの心臓がかんたんにとびはねた。腰の力が抜けて、べたっと、その場に尻もちをつく。


「だ、だれだっ!?  ど、どこにいるっ!? 」


『ここさ……』


 店内には、動くものがひとつだけあった。

 鏡のうつりこみ。

 ドライハーブのつりさがる壁の横に、小さな丸鏡がかけられている。オレが物心ついたときにはすでにあったもので、ツタが這ったような木彫りの額に入っている。

 アンティークな雰囲気をかもしだしているから、ぼんやりと、昔、とうさんがイギリスから持ち込んだのかなと思っていた。


 鏡は、オレの姿も店内のようすもうつしていなかった。

 かわりに黒いモヤが、煙のように立ちのぼってくる。


 モヤがゆれる。

 と、鏡から、老婆の声がした。


『つくづく、甘いガキだな。
 わたしがあのまま消滅したとでも思ったか?
 わたしをこんな姿にした責任を取れ――』




   ★





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