
「……どうしたの?」
あたしが首をかしげると、大きな手が、パッとあたしのほっぺたからはなれた。
「う、うあっ!! あ、あ、綾のお母さんっ!」
「……え?」
ヨウちゃんの視線の先は、坂の下。住宅街につづく道。
うちのママが、お出かけバッグを持って、ファーつきのロングコートを着て。ギスギスにやせた化粧の濃いおばさんと立ち話ししていた。
「って、中村さんもいっしょなのっ!? 」
「こ、こ、こ、こ、こんにちはっ!」
ヨウちゃん、なぜだか気をつけ。寒いはずなのに、こめかみや、あごから汗がダラダラ。
「こんにちは」
あたしとヨウちゃんを交互に見てから、ママは眉をひそめた。
「綾、まさかこれからまた、葉児君ちにお邪魔するつもりじゃないでしょうね?」
「え……? えっと……」
そんな会話、ヨウちゃんとしてない。
でも……ホントはすごく……。
「あんた、なんだかんだ言って、数日前も、中条さんちにお邪魔したそうじゃない。雨にビチョビチョにぬれてふたりで帰ってきて、着がえまで借りてたんですって? 中村さんが見たって言うのよ。どうして、そこまでして……」
「あのっ! オレたち勉強会してるんですっ!!」
「……え?」
ママが眉をひそめて、ヨウちゃんを見あげた。
「だからっ! 塾のない日は、綾さんがうちに来ること、許してくださいっ!」
ヨウちゃん、ぎゅっと目を閉じて、ママに頭をさげてる。
「で、でもねぇ……。勉強会って言ったって……。どうせ、綾が一方的に葉児君から習うばっかりでしょ。その間、葉児君の勉強がストップしちゃうじゃない」
「だけど、ぎゃくに、綾さんから教わることもあるんです」
ヨウちゃんが、ガバっと顔をあげた。
ええっ!? ヨウちゃんっ!?
「綾さんは、いざと言うときほど、たよりになるんですっ!」
琥珀色の目、キラキラしていて、口元ニカって笑ってる。
「……そうなの?」
ママは中村さんと顔を見合わせた。
「じゃあ、まぁ、ほどほどにね。中条さんのご迷惑にならないように。――さっきね、わたしも中村さんと、はじめて、中条さんとこでお茶させてもらったんだけど……いいカフェね」
「あ、ありがとうございますっ!」
部活命の運動部員みたいに、また、ガバっと頭をさげるヨウちゃん。
その横で、あたしは「う、うんっ!」と両こぶしをにぎりしめた。
「そうなの、ママっ! 自宅カフェ『つむじ風』はすっごく、すっごくいいお店なのっ!! 毎日でも通いたくなっちゃう場所なのっ!! 」
● ● ● ● ●
真っ暗なこの場所で。
だれも来ない、この場所で。
あたしは、あのころを思い返してる。
キラキラとかがやいてた、あのころ。
手をのばせば、ヨウちゃんの手にとどいた、あのころ。
――そして
あたしたちの地獄がはじまったんだ――
――「ナイショの妖精さん 4」 完――
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