
バッと、ヨウちゃんの左手が、あたしの右手首からはなれた。
金縛りにあったように、立ちつくすヨウちゃん。
その顔に向かって、あたしは十本の指を開いた。
黒い手。黒い指。つめの先から、黒いモヤが噴き出す。
蛇っ!!
蛇の形をしたモヤ。十本の指から一匹、一匹。
鎌首を持ちあげたかと思うと、荒縄のようにしなり、たちまち、ヨウちゃんの腕や胸に巻きついていく。
「う、うわっ!? 」
ヨウちゃんが受身をとる間もなかった。
右腕を、左腕を、胸を、足を、蛇がきつくしめあげる。
「……ぐ……」
ヨウちゃんののどぼとけが鳴った。
胸から首にあがってきた蛇が、のど元でとぐろを巻いている。
「あ……や……。……今……おまえの中にいるのは……黒いタマゴの……中身か……?」
黒いタマゴ……?
「……やっぱり、黒いアザは、黒いタマゴの本体……中身……そのもの……。そう……なんだな……?」
あたしの口で、老婆の声がせせら笑った。
「ようやく気づいたか? できそこないのフェアリー・ドクター。ガキだけあって、父親にくらべてずいぶん、頭が弱い。おまえが、のんびりしている間に、わたしは、この娘の体をもらった。妖精の羽を持った人間の体……。羽の大きさも、りんぷんの量も、ケタちがい……」
「お、おまえの目的は……綾のりんぷんか……?」
ヨウちゃんの青ざめたこめかみを、汗の粒が伝っていく。
「ほかになにがある? 妖精のりんぷんは、万能薬。人間が妖精から受けたすべての傷を癒す。それは、あらゆる薬の頂点に立つということ。つまり、フェアリー・ドクターの薬は、りんぷんの前には効力を失う」
ひゅっと、ヨウちゃんののど笛が鳴った。
「おまえがない頭をつかって、どんな薬をつくろうとも、わたしのりんぷんの前には無力。おまえを、わたしの思い通りにいたぶることができる」
くくくくく……。
あたしの口で、老婆の声が笑った。
「け……けど……りんぷんをすべてつかいきってしまったら、妖精は……」
「知ったことではないっ!!」
蛇の胴が、浮き輪のようにふくらんだ。
「こんな娘が消滅したところで、わたしはいっこうにかまわない! おもちゃが壊れたなら、別の遊びをすればよいだけのことっ!」
「っ……」
ヨウちゃんのおでこに血管がうきでた。腕がきしむ。
ヨウちゃんっ!
さけびたいのに、さけべない。
あたしの心を無視して、あたしの口はまだ笑ってる。
ヨウちゃんの体が前のめりになった。両ひざをゆかにつく。
やめてっ! やめてぇ~っ!!
パッと、頭上に、虹色の光がふりそそいだ。
虹色の水滴……?
ヨウちゃんが、マロウの液剤のふたを開けて、のこりの数滴をあたしにふりかけている。
あたしをにらみつける、琥珀色の目。力なく涙が流れてる。
あ……。
あたしは自分の腕を見おろした。
液剤のかかった箇所だけ、肌色にもどってる。水玉みたいな、肌色の模様ができている。
「……ヨウちゃん……」
あたしのくちびるから、あたしの声がこぼれた。
わたがしみたいに甘ったるい声。
「っ……綾……」
ヨウちゃんの口元が震えだす。だけどすぐに、奥歯をかみしめ、ヨウちゃんはぐいっとあたしの右手首をつかんだ。
「来いっ!」
あたしを引っぱって、書斎のドアから廊下に出る。そのまま、階段をのぼらされる。
「……やめ……ろ……」
あたしの口から、また老婆の声がした。
「おまえの思い通りになど……させない……」
肌色にもどった皮膚が、また黒に染まりはじめている。
肌色の水玉は、小さくなって、黒い海に飲み込まれる。
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