
「きゃっ!! 」
寒気が走って、あたしはとびのいた。
「だ、だれっ!? 」
真っ暗闇。なんにも見えない。
「だれか、いるのっ!? 」
闇の中を羽音が横ぎった。
「チチっ!? 」
だけど、左耳からも羽音がする。
頭のてっぺんからも。
足元からも。
「どこにいるのっ? だれなのっ!? 」
たくさんの羽音。カタカタと何かがぶつかり合わさる音。
あたしは窓に走り寄った。
バッと黒いカーテンを開ける。
灰色の雲が見えた。灰色の海に雨をふらせている。
荒い息をはいてふり返ると、書斎の中で、たくさんのドーム型の影がゆれていた。
「……え?」
ドーム型をした、ブロンズ製の鳥かご。
天井から、つりさげられたり。ゆかに直接置かれたり。スタンドにかかっていたり。
十数個の鳥かごが、書斎全体をうめつくしている。
天井からぶらさがる鳥かごで、黒い影がはばたいた。飛んですぐに檻にぶつかり、底に落下して、またすぐに飛びあがる。
ゆかに置いてある鳥かごからも、羽音がきこえた。
スタンドの鳥かごでは、両手でかごの檻をつかんで、黒い妖精が、ガタガタと体をゆすっている。
「こ、これ……。ヨウちゃんが浅山で捕まえたっていう……」
『――そうだ』
しわがれた声が脳に直接響いた。
「きゃっ!! 」
両手で耳を押さえて、ちぢこまる。
『ここにいるモノたちは、すべて、わたしの体。
わたしの腕、心臓、足、羽、首……』
「だ、だれっ!? だれなのっ!? 」
『だれでもない。
わたしは、だれにもなれない。
あの忌々しい人間のクソガキに、産まれる前に壊されたのだから』
「に、人間の……くそがき……?」
部屋中にムカデが這いずるような、せせら笑いが走った。
窓に背中をつけて立ちつくす。
あたしの鼻先に、つっと一匹の黒い妖精がおりてきた。
真っ黒に染まってしまった、バレリーナみたいな衣装。髪を後ろにまとめて。つんとした鼻。小さなくちびる。
「ち……チチ……? まさか……この声……チチが出してるのっ!? 」
チチのくちびるの左端だけが持ちあがった。黒い顔から、ピンク色の歯ぐきがのぞく。
『この妖精の中にいるのは、わたしの思考のひとかけら。
のこりのかけらが入っているのは、おまえの頭の中。
ここにいる妖精、おまえをふくめて、ぜんぶを足して、わたしはひとり。
体がほしい。
すべてを統合できる、大きな体。
妖精の羽を持った……人間の体……』
青いつりあがり型の寄り目が、ホタルのように冷たく光った。
「きゃっ! ヤダっ! やめて、来ないでっ!! 」
頭上に、ぶわっと黒い手が、檻のように広がっていく。
黒いモヤがあつまって形づくられた、巨大な手。
『小娘……。
おまえなど取るに足らない、ムダな存在。
さっさと、そのくだらない意志を消せ。
そして、わたしの入れ物になれ……』
ザアアアアアアっ !!
脳に、雨しぶきがあたる音がした。
騒音で頭が割れそうなほど痛い。
あたしは、だれ?
ここは、どこ?
思考回路が、ぷつん、ぷつんと、とぎれていく――。
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