
「そうなんですよ~。うちの息子に、早くから、こんなにカワイイお嫁さんが来てくれたみたいでね~。わたしもうれしくってねぇ~」
ヨウちゃんのお母さんが、レジを打ちながら、ぽっくりエクボをつくって笑ってる。
「まあ、最近の子は、早いのね~。小学生のうちから、カレシとかカノジョとか。今の流行なのかもしれないけど、でもねぇ。あんまり早すぎて、まちがいがあったらって思ったら、ちょっと怖いわよね~」
中村さんがふふふって、自分のほっぺたに手を置く。
まちがい……?
あたしたち、まちがいなんかじゃ……。
「そうね。そこは、親のちゃんとした教育かしら? あとは、自分の息子たちを信用しないといけないところね」
ヨウちゃんのお母さんは、中村さんにお釣りをわたして、「ありがとうございました~」と、頭をさげた。
「雨足が強まってきてますから、足元にお気をつけて」
お母さん……そんなに頭をさげたら、あたしよりちょっとだけ高い背が、あたしより小さく見えちゃうよ……。
パタタ……。
地下につづく階段で、黒い妖精の影がゆれた。
「あっ! チチっ!! 」
チチを追って、あたしはまた、走り出す。
電気を消したうす暗い地下の廊下に、書斎のドアが重苦しくそびえていた。
古めかしい銅製の丸いドアノブ。影のように妖精が腰かけている。
「……開けろって……言ってるの……?」
あたしがドアノブに手をのばすと、真っ黒のチチはするりと身をかわして、飛びあがった。
暗い……。
開けた書斎の中は、黒いカーテンで閉めきられている。
窓の外のうすぼやけた雨空さえ、ぴっちりと隠してしまっている。
そういえば、書斎は今、立ち入り禁止だって……。
「チチ……? どこにいるの……?」
そろそろと一歩。
あたしは、部屋に踏み込んだ。
二歩。三歩。
暗いトンネルにもぐっていくみたい。
ううん、もしかしたらここは、黒いモヤのお腹の底……?
まわりに黒しか見えなくなったら、さっきの中村さんの顔が、頭に浮かんできた。
笑いかける派手なピンクの口紅。なのに青いアイシャドウを塗った目元は、ちっとも笑っていなかった。
「どうしよう……。また、中村さんに見られちゃった……。また……ママに告げ口されちゃう。もう二度と、ヨウちゃんちに来るなって言われちゃう……」
あたしは、両手で顔をおおって、しゃがみこんだ。
「……あたしのせいだ……。あたしのせいで、ヨウちゃんのお母さんまで……中村さんに嫌味言われちゃった……。あたしが……あたしが、いけないからっ! あたしが、こんなにしょっちゅう、ヨウちゃんちにおしかけるから……」
じわじわと、お腹のアザが広がっていくのを感じる。
さっき治しきれなかった、黒いアザ。
黒いモヤが体の中で蛇のようにうごめいて、胸に首に、手に足に広がっていく……。
脳みそまで、モヤでおおわれていく。
「あたしなんか……消えちゃえばいいのに……」
『そうだ……おまえなど……消えてしまえ』
しわがれた声が、耳元でつぶやいた。
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