
「綾、着がえたか? こっち来て座れ。アザ、見せてみろ」
ヨウちゃんが勉強づくえの前から、回転イスを引き出してくる。
「……うん」
イスに座って、ほっかむりみたいに巻いた、頭のタオルをはずす。
ヨウちゃんの目がゆがんだ。
「……これ、本当に痛くないのか……?」
「……うん。でも……あのね……頭がモヤモヤするの……」
「モヤモヤ……?」
「わかんないけど……『あたしのせい』って言われると、胸から黒いモヤがあふれてきて、それが黒いアザになって広がってくの。モヤはね、頭にまでのぼってきて……あたし、なんにも考えられなくなっちゃう……」
「……そうか……」
ヨウちゃんは、自分の手のひらにマロウの液剤をスプレーした。その手のひらを、そっとあたしのほっぺたに押し当てる。
冷たい……。
ドロドロした頭のモヤも冷めていく……。
ヨウちゃんがぐいっと、あたしのセーターのそでをまくった。
真っ黒になった腕にそそがれる、虹色のシャワー。
虹色のベールに包まれて、黒いアザが消えていく。
「綾。さっきさ、『あたしなんか消えてなくなればいい』って言ったろ? もし、綾がどんどん、なんにも考えられなくなって、その思考回路が消えて、『綾』って存在がなくなったら……。得するのは、だれだろう……?」
「……え? だれって……そんなの、なにかあるの? だれも、どこにもいないのに」
「いたらどうする? 黒いアザに……黒いモヤ自体に意志があって、綾の妖精の体をのっとろうとしてるんだったら……」
ぞくぞく背すじが寒くなる。
「ヤダ……ヨウちゃん、怖い……」
自分の腕を抱いてちぢこまったら、ヨウちゃんが「ごめん」とつぶやいた。
「でも、そうか――もしそうなら、黒い妖精たちが綾のまわりの人間にばかり、こぞってとり憑いた理由が、説明つく」
「……え……?」
「黒い妖精は、人間にとり憑いて、負の感情を植えつける。しかもそれをつかって、人を攻撃してくる。けど最初から、攻撃の対象は、綾ひとりだったって、考えたらどうだ? 黒い妖精たちは、はじめから、綾目当てであつまってきていた。綾の体に……黒いモヤを集合させるために……」
「……あたしの……体に……」
「綾の体をのっとるのが、モヤの意志。つまり、モヤは、黒いタマゴの中身、そのもの」
パチン、パチンと、ピースが合わさって、パズルができあがっていくみたい。
だけど、怖い。
すごく、怖い。
自分の体なのに、自分のものじゃないみたい。
「ね。それじゃあ……今……あたしの体の中には……」
「だいじょうぶだ、綾。そうとわかれば、こっちにもやりようがある。エルダーの枝をつかえる」
ヨウちゃんが、向かいからあたしの両肩に手を置いた。
「エルダー……?」
「そう、エルダー。和名だと、ニワトコ。エルダーの枝を火にくべると、魔術をかえてくる相手をあぶりだせるって言われる。エルダーなら、うちの庭にもはえてる。カフェの薪ストーブにくべればいい」
ひさしぶりに見た。口のはじをニッと持ちあげる、勝気な笑顔。
「オレにまかせとけ。おまえの体から、黒いモヤを引きずり出してやるっ!」
ヨウちゃんってスゴイ。
笑ってくれるだけで、あたしの中から、怖いものがひとつもなくなっていく。
「よし。そうと決まれば、すぐ決行だっ! 綾、あとアザ、治ってないとこは?」
「あ……え……えっと……」
あとは、お腹とか、胸とか……。
自分の体を見おろしたら、ほっぺたがカーと熱くなった。
「あ、あとは、自分で治せるからへいきっ!」
ヨウちゃんは「わかった」と、あたしにマロウのポンプを持たせて、立ちあがった。
「オレは庭で、エルダーの枝を切ってくる。綾。治ったら、おりてきて」
「う、うん。あ――ま、待ってっ!」
とっさにあたし、ヨウちゃんのトレーナーの背中をつかんでた。
「……え?」
ふり返るヨウちゃん。
その右肩から身をのりだして、冷たいくちびるにあたしのくちびるを押しあてる。
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