
「……なんでだよっ!! なんでおまえ、こんな状況になってまで、羽を切るのを嫌がんだよっ!! 」
コートを拾いあげて、ヨウちゃんが歯を食いしばった。
「綾、おまえ前に、人間として生きるって約束したよなっ!? だったら、羽なんか、なくなったってかまわないじゃねぇかっ! おまえは、人間の和泉綾なんだろっ!? 」
「そんなの……そうだけど……。でも、ヨウちゃんだって、羽のはえたあたしのこと、『キレイ』って言ってくれたじゃない――っ!! 」
あたしの頭の上に、雨が放射状にふりそそぐ。
水たまりにうつるのは、ほおやあごや、鼻の上まで、真っ黒に染まったあたしの顔。
真っ黒い両手。指先から手の甲から手のひらまで、ぜんぶ墨につっこんだみたいに、真っ黒。
みにくい……。
こんなあたしのこと……ヨウちゃんはもう、「キレイ」だなんて言ってくれない……。
「……っ」
ヨウちゃんが手をのばして、あたしの右腕をつかんだ。ビシャッと水たまりを踏んで、あたしの前に立つと、あたしの胸を、自分の胸に、硬く抱き寄せた。
「い、イタ……。よ、ヨウちゃん、ダメだよっ! だれかに見られちゃうっ! また、ママに……。悪い子だって……」
「『悪い子』なら、オレだろ?」
耳元で、ヨウちゃんの涙声がした。
「羽を切ったりしないから……。うちに来て。……お願いだから、応急処置させて」
「おかえりなさい。って、綾ちゃん? え? えっ!? ちょっと、ヨウちゃん、何があったの?」
カフェのカウンターの中で、ヨウちゃんのお母さんがおろおろしている。
ビチョビチョにぬれたモッズコートを、頭の上からかぶったあたし。
琥珀色の髪を、雨水でぐっしょりぬらしたヨウちゃん。
「ご、ごめんなさいね。ちょっとだけ、オーダー待ってもらえます?」
ヨウちゃんのお母さんがあやまってるお客さんを見たら、お向かいの中村さんだった。
わ……。
もう、目が合っちゃった……。
エプロンで手をふきながら、お母さんが廊下に出てくる。
「とにかく、綾ちゃんはこっちで着がえて。風邪ひいちゃうわ」
洗面所につれて行かれて、頭の上のコートをはぎとられる。
お母さんのほおが、「うっ」と引きつった。
「かあさん、事情はあとで説明する。綾、着がえたらオレの部屋に来て」
ヨウちゃんは、自分の頭をタオルでふいて、あたしの手にもバスタオルとドライヤーを持たせた。
「……書斎じゃないの……?」
「書斎は今、立ち入り禁止」
ヨウちゃんのお母さんから、大きめなセーターと、ひざ丈なのにあたしがはくと長めになっちゃうスカートを借りて。頭からかぶったタオルで、黒いほっぺたを隠して。
あたしが二階にのぼっていくと、手前の部屋のドアが半分開いていた。
中のあかりがついている。
そっと、のぞきこむと、エアコンのあたたかい空気に包まれた。
六畳の部屋。窓に横付けされたベッド。そのわきには勉強づくえ。メッキと青と黒と白ばかりの冷めた色彩。テレビまわりには、DVDや携帯ゲーム機が山積みにされている。
ヨウちゃんが、ベッドのふちに腰をおろしてた。
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