
ポツポツ、雨がカサにあたる音。
「――オレさ、綾が休みの間、ひとりで浅山に行ったんだ……」
コートの上から、ヨウちゃんの声が、ぼそぼそときこえてくる。
「オークとホーソンとアッシュの香を焚いて、黒い妖精たちを呼んだ。で、寄ってきた妖精たちを、網でかたっぱしから捕まえた。けど、一匹だけ、逃がしたヤツがいる。たぶん、そいつが、倉橋にとり憑いてた、あいつだ……」
あったかいヨウちゃんのコート。ヨウちゃんのにおい。肩にまわされた腕の強さと、あたしを雨から守るために、ヨウちゃんがさしかけてくれるビニールガサ。
「とり逃がしたのは、おしかったな。あと一匹だけなんだけどな……」
なのに、どうして、あたしの頭の中は、ドロドロのモヤで渦巻いているんだろう。
「あたしのせいだよ……あたしがぼんやりしてたから……また、ヨウちゃん、黒い妖精を捕らえそこねちゃったんだ……」
あんまり頭は働いていないのに、口から言葉だけは、ぽろぽろとこぼれてくる。
「いや、綾がぼんやりとかは、まったく関係ないだろ。ともかく、オレは今回ので確信した。やっぱり黒い妖精は、人間にとり憑いて、負の感情を植えつける。しかもそれをつかって、他人を攻撃してくる。
むずかしいのが、それが黒いタマゴの意志なのか、ただ黒いタマゴの影響であって、タマゴ自体とは無関係なのか、わからないってとこだ……」
「なんであたしなんか……この世に存在するんだろ……」
「おい、綾。さっきからずっと、それ、なんなんだ」
ヨウちゃんの声がするどくなる。
「わけわかんないことばっか、言うな」
「なんで……? だって、そうでしょ? あたしなんかいなくなればいいんだよ……。リンちゃんだって、言ってたでしょ? みんながつらい気持ちになるのは……ぜんぶあたしが悪いんだから……」
「なに言ってんだ? なんなんだこれ? 黒くなってるせいなのか? アザが出ると、綾の思考回路がおかしくなる……」
「おかしくなんかないよ。ヨウちゃん……あたしね、今、すごく悪いことしてるの。ママに、人前ではヨウちゃんとくっつくなって言われてるのに、ヨウちゃんとくっついて歩いてる。あたしね、すごく悪い子なの。……あたしなんか……消えてなくなればいい……」
「アホ、言うなっ! 今は、緊急事態だろっ!? だいたい、おまえ、そんなふらふらで、ひとりで家に帰れるのかっ!? マロウの薬は? まだ家に、ちゃんとあるんだろな?」
「もうぜんぶ……つかっちゃったよ……」
「……ぜんぶ……?」
ぐっと、ヨウちゃんの手が、あたしの肩に力を込めた。
「なら、オレんちに来いっ! のこり半分、とってあるっ!! 」
「え……?」
「綾の親には、あとでオレからあやまってやるからっ!」
「や、ヤダっ!」
あたしは、バッとヨウちゃんの胸を、自分からつきはなした。
「羽切られたらイヤだから、行かないっ!」
衝撃で、ヨウちゃんのコートが、アスファルトに落ちる。
耳元で、ザアアと大きくなる雨音。
肩や髪が、雨でぬれていく。
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