
「……そうだな」
そのままの体勢でモッズコートのポケットに両手をつっこんで、ヨウちゃんはため息をついた。
「……倉橋は、週五で塾に通わされてるって言ってたもんな。がんばって、試験勉強してたのにな」
「そうだよ……。中条君だけは、わかってくれると思ってた……」
リンちゃんがしゃくりあげる。見る間に、大きな猫目がうるうるになって、涙がうかんでくる。
……どうしよう……。
これ「やめて」って言いづらい。
だって、リンちゃん、たしかにかわいそうだもん……。
「……ねぇ、お願い……中条君……和泉さんと別れて……」
……えええ?
なんでそうなるのっ!?
リンちゃんの両腕が、ヨウちゃんの両肩にのびていく。しゃくりあげながら、ヨウちゃんの胸にもたれかかっていく。
「わたしとつきあってくれないなら、せめて、和泉さんと別れて、『みんなの中条君』のままでいて……。い、和泉さんなんか……あんな、お子ちゃまなんか……どこがいいのよ……? あんな子……ただの中条君のお荷物じゃない……」
ズキンと胸を突かれた。
……お荷物……。
廊下に立つ自分の足元。
つま先のうすくよごれたうわばきに、「和泉」って書いてある。
「倉橋。そんなことを言いたいなら、オレ、行くぞ」
ヨウちゃんの声が硬くひびいた。
「待って。ねぇ、中条君、わたしね、わりともう、おとななんだよ? ほら、いいにおいするでしょ? さっきね、トイレで香水つけてみたの。くちびるも見て。グロス塗ったの。つやつやしてて、さわったら気持ちよさそうでしょ?」
にっこり笑うリンちゃんのくちびる、あと数センチで、ヨウちゃんのくちびるにとどいちゃう。
「倉橋、そのへんにしておけ!」
ヨウちゃんが、リンちゃんの肩をおしのけた。
「倉橋は、人生にあせりすぎだ。こういうことは、倉橋を大事にしてくれる人と、同じ気持ちになったときにするもんだ。試験に落ちたぐらいで、自分を捨てるな」
リンちゃんのくちびるが「うっ」っと、ゆがむ。
だけど、すぐに、猫目でヨウちゃんをにらみつけた。
「なにそれ? 中条君の説教って、なんか、オヤジっぽい。てゆ~か、理想高すぎ。そんなんじゃ、永遠に、和泉さんとだって、キスできないんだからっ!」
「……はぁっ!? そ、そ、そ、そんなこと、倉橋には関係ないだろっ!! 」
一瞬で、形勢逆転。
ヨウちゃん、こぶしでほっぺたを隠して、のけぞってる。
「あれ? な~んだ! 中条君ってホントにまだ、和泉さんとキスしたことないんだっ!
でもさ、それって、ちょっとおかしくない? たしか和泉さんって、ピーターパンの劇のとき、誠にデコチューされてたよね。あれは、誠の完全なアドリブだからね。なのに、和泉さん、『劇だから』って、わりと軽く受け流してたじゃん。ふつうはさ。好きな人がいるのに、ほかの人からそういうことされたら、すごく嫌がるはずでしょ?
誠のはへいきで、『好き』だって言ってる中条君とは、キスしないなんて、おかしいよ。もしかしてさ……」
リンちゃんは、口の中で「ふふ」って笑って、ヨウちゃんの耳にくちびるをよせた。
「和泉さんの『好き』って、わたしや中条君の『好き』とちがうんじゃない?」
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