
黒々とそびえ立つ、石造りの塔がある。
外は闇。時おり稲妻が、上空に網目状に広がっていく。
あたしは白いドレスのすそをひるがえしながら、塔のてっぺんへと続く螺旋階段をのぼっていた。
明り取りの窓しかない塔の内部。カンカンと反響する足音。
もうひとつの足音が、どんどん、あたしの背中にせまってくる。
「待てぇ~! 綾ぁ~っ!」
窓の外で、ピカッと稲妻が走った。
光に照らされて、あたしを追う人の姿が見えた。
琥珀色の髪、琥珀色の瞳。
片方だけあがったヨウちゃんのくちびるが、冷たくゆがんでいる。
その両手首から先は、巨大なハサミ。カニみたい。弧を描いた銀色の刃がギラっと光る。
「綾ぁ~! おまえの羽を切ってやる~っ!! 」
● ● ● ● ●
「ぎゃああああっ!! 」
あたしはベッドからはね起きた。
パジャマの背中が冷たい。汗でびっしょりしめってる。
「ゆ、ゆ、夢……」
ドッドッドッド。心臓が打ちつけてる。
「綾っ!! さっさと起きて、朝ご飯食べなさい~っ! 学校遅刻するわよ~っ!! 」
一階からママの声がした。
ハート型の目覚まし時計を見たら、朝の七時をまわってる。
ヤダ……学校になんて行きたくない……。
またふとんの中にもぐりこもうとしたら、ママがドスドス二階へあがってきた。
「綾、なにしてんのっ!? あんた、いったい何日学校休んだら気がすむのっ!! やっと、インフルエンザが治って。外出禁止期間も終わって。お医者さんの許可が出たんだから! きょうというきょうは、学校に行ってもらいますからねっ!! 」
ヨウちゃんがうちに来てくれた晩。真夜中に、やたらと体が寒くなった。ふとんをかぶって震えてたら、今度はだんだん熱くなってきた。熱をはかったら、三十九度。
ばっちりインフルエンザにかかってた。
バタンと、あたしの部屋のドアが開いた。
ママがヤマンバみたいに髪の毛をふり乱して、あたしのベッドに向かってくる。
「うぎゃ~っ! ママのヘンタイ~っ!! 」
あっという間に身ぐるみはがされて、セーターやシャツを頭の上にほおり投げられる。
「はい。さっさと服着て、下おりる!」
「も~。ママってば、あらっぽい」
ぶつぶつ言いながらシャツをかぶって、あたしは部屋のすみの全身鏡で目をとめた。
頭のてっぺんには、アホ毛がくるん。寝ぐせで耳横の髪まで、ぴんっとはねちゃってる。
……だいじょうぶ。
腕は肌色。肩も首も肌色。
ほっぺたもあごも、鼻の上も、肌色。
マロウの薬……ちゃんと効いてる……。
ヨウちゃんからもらったポンプは、もう空っぽ。つかいきっちゃったけど、おかげで、もとのあたしにもどれた。
体中を支配してた黒いモヤは、マロウの虹色の光に吸い込まれて、消えていった。
脳みその回路も、なぜだかすっきり。新品にもどったみたいに、ピッカピカ。
どうか……黒くなりませんように……。
あたしは、水色のセーターと、ふんわり白いシフォンスカートに着がえた。
十日ぶりの教室は、未開の地みたい。
でも、足を一歩、踏み入れたとたんに、体がなじみの感覚をとりもどしていく。
とびかう、子どもたちの明るい声。バタバタと行きかう足音。
あたしに気づいた有香ちゃんと真央ちゃんが、廊下側の真央ちゃんの席からとんできた。
「綾ちゃんっ! 体へいきっ!? 」
「綾が十日も学校休むなんて、はじめてじゃないか。『なんとかは風邪引かない』って言うけど、ウソだったな。あ、インフルエンザは風邪じゃないから、ちがうのか」
「も~……真央ちゃんのいじわる。あたし、すっごく熱出てつらかったんだよ」
「ウソウソ。心配したぞ。綾、さらにやせてないか?」
真央ちゃんの男言葉が、いつにも増して、やさしくきこえる。
となりの有香ちゃんは、黒縁メガネの中でほほえんでる。
よかった……いつものふたりだ……。
あたしの大好きな、ふたり。
あたしはあらためて、クラスの中を見まわした。
大岩を中心にして、男子たちが教室の後ろにかたまっている。
大岩が大口を開けて、ゲラゲラ笑う。杉田も笑ってる。田中も笑ってる。話題は、きのうやってたテレビのお笑い。
白い朝日が窓から差し込んで、みんなのつくえの表面を反射させている。
いつものみんなだ……。
ドロドロに濁った目は、もうどこにもない。
「……あれ? だけど、きょうは、やけに人数が少ないね」
「ああ。インフルエンザが流行中。あと、きょうは、私立組の試験日」
真央ちゃんは、手をひらひら。
……そっか。
自分のことばっかりでわすれてた。
リンちゃんも青森さんも窪も、今ごろテストの最中なんだ……。
「午前中に試験して、お昼にはもう結果が出るって言ってたよ。あわただしいね」
って、有香ちゃん。
黒板の前で話し込んでいたら、ヨウちゃんがグレーのランドセルをかついで、教室に入ってきた。
琥珀色の目があたしにスライドして、まばたき。
あ、ゆがんでく。色白のほおが、ほんのりピンクに染まってく。
「……綾。治ったのか?」
ヨウちゃんはほほえんだ。
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