《4》 黒い妖精の黒いワナ1 - ナイショの妖精さん4
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《4》 黒い妖精の黒いワナ1

  01, 2021 20:16
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 黒々とそびえ立つ、石造りの塔がある。

 外は闇。時おり稲妻が、上空に網目状に広がっていく。

 あたしは白いドレスのすそをひるがえしながら、塔のてっぺんへと続く螺旋階段をのぼっていた。


 明り取りの窓しかない塔の内部。カンカンと反響する足音。

 もうひとつの足音が、どんどん、あたしの背中にせまってくる。


「待てぇ~! 綾ぁ~っ!」


 窓の外で、ピカッと稲妻が走った。

 光に照らされて、あたしを追う人の姿が見えた。

 琥珀色の髪、琥珀色の瞳。

 片方だけあがったヨウちゃんのくちびるが、冷たくゆがんでいる。


 その両手首から先は、巨大なハサミ。カニみたい。弧を描いた銀色の刃がギラっと光る。


「綾ぁ~! おまえの羽を切ってやる~っ!! 」




● ● ● ● ●





「ぎゃああああっ!! 」


 あたしはベッドからはね起きた。

 パジャマの背中が冷たい。汗でびっしょりしめってる。


「ゆ、ゆ、夢……」


 ドッドッドッド。心臓が打ちつけてる。


「綾っ!!  さっさと起きて、朝ご飯食べなさい~っ! 学校遅刻するわよ~っ!! 」


 一階からママの声がした。

 ハート型の目覚まし時計を見たら、朝の七時をまわってる。


 ヤダ……学校になんて行きたくない……。


 またふとんの中にもぐりこもうとしたら、ママがドスドス二階へあがってきた。


「綾、なにしてんのっ!?  あんた、いったい何日学校休んだら気がすむのっ!!  やっと、インフルエンザが治って。外出禁止期間も終わって。お医者さんの許可が出たんだから! きょうというきょうは、学校に行ってもらいますからねっ!! 」



 ヨウちゃんがうちに来てくれた晩。真夜中に、やたらと体が寒くなった。ふとんをかぶって震えてたら、今度はだんだん熱くなってきた。熱をはかったら、三十九度。

 ばっちりインフルエンザにかかってた。



 バタンと、あたしの部屋のドアが開いた。

 ママがヤマンバみたいに髪の毛をふり乱して、あたしのベッドに向かってくる。


「うぎゃ~っ! ママのヘンタイ~っ!! 」


 あっという間に身ぐるみはがされて、セーターやシャツを頭の上にほおり投げられる。


「はい。さっさと服着て、下おりる!」


「も~。ママってば、あらっぽい」


 ぶつぶつ言いながらシャツをかぶって、あたしは部屋のすみの全身鏡で目をとめた。

 頭のてっぺんには、アホ毛がくるん。寝ぐせで耳横の髪まで、ぴんっとはねちゃってる。


 ……だいじょうぶ。


 腕は肌色。肩も首も肌色。

 ほっぺたもあごも、鼻の上も、肌色。


 マロウの薬……ちゃんと効いてる……。


 ヨウちゃんからもらったポンプは、もう空っぽ。つかいきっちゃったけど、おかげで、もとのあたしにもどれた。

 体中を支配してた黒いモヤは、マロウの虹色の光に吸い込まれて、消えていった。

 脳みその回路も、なぜだかすっきり。新品にもどったみたいに、ピッカピカ。


 どうか……黒くなりませんように……。


 あたしは、水色のセーターと、ふんわり白いシフォンスカートに着がえた。





 十日ぶりの教室は、未開の地みたい。

 でも、足を一歩、踏み入れたとたんに、体がなじみの感覚をとりもどしていく。

 とびかう、子どもたちの明るい声。バタバタと行きかう足音。


 あたしに気づいた有香ちゃんと真央ちゃんが、廊下側の真央ちゃんの席からとんできた。


「綾ちゃんっ! 体へいきっ!? 」


「綾が十日も学校休むなんて、はじめてじゃないか。『なんとかは風邪引かない』って言うけど、ウソだったな。あ、インフルエンザは風邪じゃないから、ちがうのか」


「も~……真央ちゃんのいじわる。あたし、すっごく熱出てつらかったんだよ」


「ウソウソ。心配したぞ。綾、さらにやせてないか?」


 真央ちゃんの男言葉が、いつにも増して、やさしくきこえる。

 となりの有香ちゃんは、黒縁メガネの中でほほえんでる。


 よかった……いつものふたりだ……。

 あたしの大好きな、ふたり。


 あたしはあらためて、クラスの中を見まわした。

 大岩を中心にして、男子たちが教室の後ろにかたまっている。

 大岩が大口を開けて、ゲラゲラ笑う。杉田も笑ってる。田中も笑ってる。話題は、きのうやってたテレビのお笑い。

 白い朝日が窓から差し込んで、みんなのつくえの表面を反射させている。


 いつものみんなだ……。


 ドロドロに濁った目は、もうどこにもない。



「……あれ? だけど、きょうは、やけに人数が少ないね」


「ああ。インフルエンザが流行中。あと、きょうは、私立組の試験日」


 真央ちゃんは、手をひらひら。


 ……そっか。


 自分のことばっかりでわすれてた。


 リンちゃんも青森さんも窪も、今ごろテストの最中なんだ……。


「午前中に試験して、お昼にはもう結果が出るって言ってたよ。あわただしいね」


 って、有香ちゃん。


 黒板の前で話し込んでいたら、ヨウちゃんがグレーのランドセルをかついで、教室に入ってきた。

 琥珀色の目があたしにスライドして、まばたき。

 あ、ゆがんでく。色白のほおが、ほんのりピンクに染まってく。


「……綾。治ったのか?」


 ヨウちゃんはほほえんだ。





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