
ヨウちゃんのモッズコートの背中。
全身鏡が立てかけてある。
琥珀色のヨウちゃんの後ろ頭と、ベッドの上で丸まるあたしがうつってる。
……黒い。
あたしの顔、黒い。
ほっぺたやあごが黒い。
左耳から、鼻まで。左半分に黒い池が広がってる。
体を起こして、両手を見おろしたら、やっぱり、墨につっこんだみたいに黒かった。その黒が、首にまであがってきている。
「なんだよ、綾、この姿っ!? 電話で泣いてたのは、このせいか? なら、なんで言わないんだよっ!」
「言えないよっ!! 言えるわけないじゃんっ!! あたしなんかに、そんな価値ないっ!! あたしなんかに、人に助けてもらえるような、価値ないっ!! 」
「……価値……?」
ヨウちゃんの眉がひそまった。
「……なんだよ……価値って……?」
そんなの、答えなくてもわかるでしょ……?
あたしがどんなにダメ人間かなんて、ヨウちゃんが一番よく知ってる……。
ヨウちゃんはのろのろとうつむいた。クラゲみたいにふらふらの手で、ポケットから、マロウの液剤を取り出してる。
……薬、持ってきてくれたんだ……。
だけどヨウちゃんは、液剤の入ったポンプを、こちらにさしだすこともなく、そのまま両手に持って、じっと見つめてる。
「……綾。オレ……考えてたことがあるんだ……」
ヨウちゃんは、手の中のポンプをぎゅっとかたくにぎりこんだ。
「いまだに、黒いタマゴの手がかりは見つからない。どんなにとうさんの本を訳しても、黒い妖精についての記述もない……。けど、ひとつだけ……おまえを助けられる方法があるって知った……」
「あたしを助ける……方法……?」
琥珀色の瞳があがって、あたしをとらえる。
「――綾。羽を切ろう」
「……は……ね……?」
あたしを見つめる、琥珀色の瞳。芯に硬い光が宿っている。
「綾が黒くなっていくのは、人間の綾の体の中に、妖精の綾が入っているのが問題だ。なら、その妖精のほうを消滅させればいい。
妖精を消滅させる方法は、いくつかある。けど、ほとんどが、人間の綾の体にまで負担をかけてしまう。つうか、妖精を消滅させたら、いっしょに、人間の綾まで生命機能を失う……」
「生命機能を失う? ……って……」
「だから……死……」
言いかけてやめたヨウちゃんの声が、あたしの胃に冷たく落ちていった。
「けど、ひとつだけ、人間の綾の体には、影響が出ない方法があるって知った。それが、妖精の羽を切ることだ」
「い……イヤ……」
あたしは首を横にふった。
「だいじょうぶだ、綾。怖くない。きっと、痛くもない。オレがぜんぶやってやるよ。すぐに終わる。そしたら綾は、ふつうの人間にもどる。それだけだ。もう二度と、こんなふうに黒くならない」
「それでも……イヤっ!!」
「なんで……?」
「だ、だ、だってっ! だって、そんなのダメだよ、ヨウちゃんっ! あたしだけが治ったって、ほかの妖精たちは黒いままでしょっ! 妖精が全員、もとの姿にもどさなきゃ、意味がないよっ!!」
「オレはサイアク、おまえさえ無事なら、なんだっていいんだよっ!! 」
ビクッと、胸がはねあがった。
あたしをにらみつけるヨウちゃんの目に、涙の粒がうかんでいる。
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