
そういえば、中条の名前は「葉児」だった。「ヨウジ」の「ヨウちゃん」?
に、に、似合わない~っ !!
「いいわ。ヨウちゃんには必要ないみたいだから、これは綾ちゃんにあげる」
細い手がスッとのびてきて、あたしの腕にノートの束が置かれた。
「……え?」
ずんと重くなった自分の腕に、大学ノートが数冊つまれてる。一番上の表紙には、あたしが生まれたころの年と日付。
「これね。ヨウちゃんのお父さんの書いた本や、日記を訳したノートなの。おばさん、若いころ、大学で英文学を専攻してたから、翻訳は得意よ」
お母さんは、ほっぺたに、ぽっくりエクボをつくって笑った。
「綾ちゃん、うちのお父さんに、興味を持ってくれてありがとね」
「お母さん……」
なんだか、目のふちが熱い。
冷えっ冷えの世界から、あったかいストーブの前に連れてこられたって感じ。
「あ、あ、あの。あたし、小さいころ、中条のお父さんに会ったことがあるんです! お父さんって、どんな人だったんですかっ?」
「そうね。まずはその話をしなくちゃね」
ロングスカートのすそをゆらして、お母さんは、窓際に置かれたゆりイスに、腰をおろした。
窓から入るオレンジ色の光が、濃くなってきている。
フローリングのゆかに、黒いマス目をつくるのは、格子窓の枠の影。
「ヨウちゃんのお父さんに会ったのは、わたしが大学生のときよ。イギリスに旅行中でね。知り合いの紹介で、フェアリー・ドクターって呼ばれる人に会ったの……」
ゆりイスに座る中条のお母さんは、窓の外より遠くを見つめてる。
「その人の表の顔は、文化人類学者なんだけど。妖精の傷を治す、妖精から受けた人間の傷まで治す、不思議な方法を知っていた。
妖精に関わるお医者さんだから、『フェアリー・ドクター(妖精のお医者さん)』。わたしは、その人の話を夢中できいたわ。小説の中だけだと思っていた、妖精の存在を身近に感じた。おもしろくて、胸が高鳴ったわ。
その人がヨウちゃんのお父さん。わたしたちは恋に落ちてね。結婚して、わたしがイギリスに移住することになったの……」
いいなぁ~。
妖精好きのイギリスの王子様とのラブストーリー。
イケメンで、紳士で、なんでもエスコートしてくれて。きっと、社交ダンスとかめっちゃうまくて。
「だけどね。わたしのお父さん。ヨウちゃんにとってはおじいさんなんだけど、がんになっちゃってね。わたしは介護のために、日本にもどらないとならなくなった。
あの人とは会えなくなってしまってね。そうしたら、あの人が日本に来てくれたのよ。故郷のイギリスを捨てて、わたしと生きることを選んでくれたの」
「わ~!! ロマンチック~っ !!」
お母さんってば、人生まで、絵本の世界から抜け出してきたみたい。
「……ふ~ん。で。なんで、とうさんは日本に来てまで、妖精とたわむれてんだよ。日本には、そんな西洋のバケモン、いないはずだろ?」
中条……ムードぶちこわし。
「そうなのよね。お父さんの話だと、妖精は古代ケルトの精霊だから、ヨーロッパにしかいないはずなのよね。浅山に妖精がいるのは、お父さんが連れてきちゃったからなの」
お母さんは、キィとゆりイスをこいだ。
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