
「広がってる……。いつの間に……? あたし、ぜんぜん気づかなかった……」
「やっぱり……綾のアザも、消えたわけじゃなかったのか……」
手で口をおおって、ヨウちゃん、涙目。
「マロウの液剤は、ただの痛み止め……。症状をひとまずなくすだけで、体からウイルスを追い出すわけじゃない。薬が切れると、症状はまた、広がりはじめる……」
「しかも、全身が真っ黒になっちゃったら、薬は一瞬しか効かないってことだよね……」
ヨウちゃんののどぼとけが、ごくんとさがった。
窓の外に、たち込める雪雲。練乳のように白い海。
鳥かごの中で、黒い妖精は「出せ!」と言うように、檻に肩をたたきつけている。
「……ごめん、綾。今はこんな形でしか、治してやれない」
ヨウちゃんが、あたしの左手を引き寄せた。
真っ黒になった腕に、ミストのシャワーをかけていく。
虹色のベールに包まれて、黒いアザは消える。
「……効いたな」
「……うん」
これ、夏休みの宿題を先のばしにしているときの気分に似ている。
きょうはいいけど。
あしたはいいけど。
あさっては?
夏休みが終わるときは?
あたしの左手をつかむヨウちゃんの右手に、力がこもった。
ひじをたてて。お姫さまの手の甲にキスする王子さまみたいに。あたしの手の甲を見つめてる。
……ヨウちゃん……。
中庭で青森さんと話していたとき、「オレが努力するしかないんだ」って言ってた。
誠とあたしが、仲のいいことを気にして。あたしの気持ちをつなぎとめておくために。
恋愛のことも。黒いタマゴのことも。
ぜんぶ、ひとりで抱え込もうとしてる……?
「……あのね、ヨウちゃん。自分だけが努力しなきゃなんて、思わないでね」
あたしの声が、書斎の空気をゆらした。
「あたしも努力するよ。恋愛のことも。黒いタマゴのことも。ヨウちゃんとずっといっしょにいたいのは、あたしだって、同じなんだよ……」
「……きいて……たのか……?」
こっくり、うなずく。
ほおを赤らめて、ヨウちゃんは決まり悪そうに、あたしから視線をそらした。
それから、目を閉じた。
閉じられたまぶた。長い琥珀色のまつげ。震えてるみたい……。
「わかった。協力して。綾がいなかったら、オレ、もう、ひとりでぜんぶに立ち向かっていける自信がない」
「え? え? わ……」
ぐいっと手を引っぱられて、あたしの左手、ヨウちゃんのほっぺたにくっついちゃった。
ヨウちゃん、目を閉じたまんまで、自分のほっぺたに、あたしの手のひらを押しあててる。
まるで、冷たいあたしの手のひらで、自分のほっぺたの熱を冷ましているみたい。
カイロみたいにあったかい。ほてったほっぺた。
次のページに進む
前のページへ戻る
コミカライズ版もあります!!

【漫画シーモア】綾ちゃんはナイショの妖精さん

【漫画kindle】綾ちゃんはナイショの妖精さん
【漫画動画1巻1話】

にほんブログ村

児童文学ランキング
スポンサーサイト