
――ヨウちゃんのお父さんが、妖精に産ませたタマゴはふたつ。
最初にひとつ。一週間後にまたひとつ――。
最初のタマゴは、白いまま、ひょんなことから、人間のあたしのお腹の中に入った。
八年間。あたしのお腹であたためられて、タマゴは孵化した。
以来、あたしは、人間だけど、妖精にもなれるみたいな、おかしな体になっちゃった。
「……キレイだな」
ヨウちゃんがつぶやいた。
「えええええっ!」
ビリビリビリっ!って、全身に衝撃。
だって、ヨウちゃんがほめるなんて、めったにないのにっ!
「ど、ど、どうしちゃったの、ヨウちゃんっ!? 」
「しつれいなヤツだな。『思ったことは、ちゃんと伝えるように努力する』って、オレ、クリスマスに言ったじゃねぇか」
「それは……そうは言ってたけど……」
ヨウちゃん、うつむいて、ぽっぽと赤いほっぺたを、自分の手の甲で冷ましている。
むりやり、慣れないこと言うから……。
次に産まれたタマゴは、砲弾倉庫跡で八年間、孵化の日を待つ間に、黒いタマゴにかわっていた。
タマゴを黒くかえてしまったのは、タマゴを産んだヒメっていう妖精の、黒い感情。
それから、浅山にさまよっていた戦没者の霊たちの悲しみ。
おどろおどろしい黒いモヤでヨウちゃんを攻撃してきたタマゴを、ヨウちゃんは孵化する前に壊した。
だけど、中身はまだ、どこかに存在していて、妖精たちに影響を与えてる……。
「……綾。心配するな。オレがかならず、黒いタマゴの中身を見つけだして、今度こそ、ちゃんと始末してやる。そうすれば、おかしなアザもカンペキに消えるはずなんだ。おまえをあんな……黒い灰みたいには、ぜったいにさせない」
ヨウちゃんの声、震えてる。
「……ヨウちゃん……」
ヨウちゃんって、いつもカッコつけてクールなふりしてるけど、ビビリのヘタレ。
ビビリな人は、物事を先の先まで想像して、自分の頭の中だけで、どんどん怖くふくらましていっちゃう。
だから、なんにも考えない人の何十倍も、物事が怖くなる。
「そんな思いつめないでも、へ~きだよ。だってもう、アザは、鵤さんの薬で治ったじゃん!」
あたしは肩に力を入れて、妖精の羽を引っ込めた。
「だから、マロウの液剤は……痛み止めと同じだって……」
「それでもさ。しばらくは、アザが消えてるってことでしょ? その間にきっと、なんか解決策が見つかるよ」
へらっと笑ったら、肩までのびる髪の、頭のてっぺんで、ひとふさだけとびだしてるくせっ毛が、ぴろんとゆれた。
これ、「アホ毛」。
アホっ子の頭にはえる毛だから、アホ毛。
アホっ子は、細かいことなんか、気にしないっ!
「それより、ヨウちゃん! きょうは何月何日かわすれてない?『あけましておめでとう』の日だよ? 『ハッピーニューイヤー』だよ? せっかくふたりでお出かけしてるんだから、ついでに初もうで行こうよ~!」
「おい、綾! なにを能天気にっ!」
右手をのばして、ヨウちゃんの左手をにぎって。すたすた、登山道を歩きだす。
怖いよ?
これからのことを考えたら、あたしだって、不安で、胃がきゅ~ってなっちゃうよ?
だけどさ。
今ここに、あたしがいて。ヨウちゃんがいて。
手をつないでいられる。
それが、なにより大事じゃんっ!
ヨウちゃんの左手が動いて、指の位置がかわった。あたしの指と指の間に、ヨウちゃんの関節の太い指が一本ずつ、はさみ込まれていく。
……え?
ぎゅっと指のつけねまで合わさったら、あたしの右手のひらと、ヨウちゃんの左手のひらが、ぴったりくっついた。
こ、こ、これって、恋人つなぎっ!?
そろっと、視線だけ、右どなりに動かしたら、ヨウちゃんはしらり顔。だけど、目のふちは赤くて腫れぼったいし、ほっぺたピンク色。
「……なんだよ?」
「う、ううん」
あたしのカレシは、ヨウちゃんで。
ヨウちゃんのカノジョは、あたし。
ね?
怖いことなんか、なんにもない。
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