
「ま、待ってっ! まだ、薬塗ってないよっ!! 」
追いかけたけど、間に合わない。
右に左にぶれながら、妖精たちはもう、砲弾倉庫跡からとびだして、ヒースの茂みにまぎれていく。
「い、行っちゃった……」
妖精って、きまぐれやさん。日本語だってしゃべれないから、話す言葉は「チンチンチン」とか「キンキンキン」とかいう、妖精語だけ。
でも、妖精たちはあたしと手を取って、笑ってくれた。いっしょにダンスをしてくれた。
しゃべれなくても、心が通じた気がしていたんだ。
なのに今は、石ころを相手にしたみたいに、気持ちがぜんぜんわからなかった……。
「全員行ってしまったか。十三人……。浅山の妖精すべてだ」
鵤さんも、丸い体をゆらして、砲弾倉庫跡から出てきた。
……すべて……。
つまり――例外はない――。
「薬は、葉児君にわたしておくよ。また、あの黒い妖精たちを見かけたら、塗ってやってほしい」
「……わかりました」
腰を起こしたヨウちゃんは、鵤さんに深々と頭をさげた。
「マロウの花や葉は、今の時期には手に入らないので、この薬があって助かりました。さっきは、荒っぽいことをしてすみませんでした」
「いやいや。きみが取り乱す気持ちも、じゅうぶんわかる」
鵤さんが、ポンと、ヨウちゃんの肩に手を置いた。
昔々。
今から、十数年前。
イギリス人のヨウちゃんのお父さんは、ヨウちゃんのお母さんと結婚して、ここ、花田はなだ市にやって来た。
そのとき、妖精のタマゴを十数個、浅山に持ち込んだ。タマゴはまもなく孵って、今、浅山にいる妖精たちが産まれた。
それから数年後。
あたしとヨウちゃんが四歳のとき。
お父さんは、妖精にタマゴを産ませることに成功した。
最初にひとつ。
一週間後にまたひとつ――。
「綾……」
低い声に呼ばれて、あたしは顔をあげた。
ごわごわの深緑色のヒースの葉の茂みに、ヨウちゃんが立っている。
モッズコートの上からでもわかる、広い肩幅。平たい胸。ジーンズをはいた細長い足。
「綾、羽を出してみろ」
すでに声がわりを終えた声で、ヨウちゃんは静かに言った。
「……え? 今、ここで……?」
あたしは、キョロキョロとあたりを見回した。
ヒースの茂みの中に、さっきまであたしたちがいた砲弾倉庫跡の、赤茶けたレンガの壁がのぞいている。
うす雲でおおわれたお昼の太陽。
ほおに吹きつける一月の風。
花田みたいな田舎町の、浅山みたいな里山の奥に、元旦から足を踏み入れるような人なんて、あたしたち以外には、だれもいない。
あたしは、こくんとうなずいた。
頭をぼうっとさせて、肩の力を抜いてみる。
両肩の後ろ、肩甲骨のあたりが、ぽうっと銀色に光った。
銀色の光の粉が、肩甲骨からあらわれて、チラチラ、あたしの背中をおおっていく。
まるで、満天の星空。
それか、遊園地のイルミネーション。
銀色のりんぷんが、あたしの背中に、大きなアゲハチョウの羽の輪郭をつくっていく。
羽には、網の目のような脈が入り組んでいて、銀色にかがやいている。

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