
――ヨウちゃん。
ヨウちゃん。
ここは、真っ暗。
あんまり暗すぎて、手も足も、どこにあるのかわからない。
あたしね。
自分の顔も、わすれちゃった……。
◆ ◆ ◆
アーチ型の入口から、白くて冷たい日がさし込んでいる。
日差しが、影にさえぎられた。
スノーマンのように丸い人影。
「葉児(ようじ)君に、綾(あや)ちゃんじゃないか」
目が慣れてきて、砲弾倉庫跡に入ってくる人の、水色の作業着が見えた。
丸いお腹に短い足。頭はつるつるで、耳の横にだけ灰色の髪がのこってる。細かいしわにかこまれた青い小さな瞳。
「鵤(いかるが)さんっ!」
あたしのとなりで、ヨウちゃんがさけんだ。
「こ、こ、これは、いったいどうなってんだ……っ!? 」
セーターのそでぐちに隠されているあたしの左手首。その手首から、ひじのあたりまで、池みたいに大きな黒いアザがある。
今、ここ、砲弾倉庫跡のレンガ造りのゆかに、点々と落ちている黒い物体とおんなじ黒。
その真っ黒い物体は、手のひらサイズで、背中にトンボの羽がはえていた。
ついこないだまでは、白い肌で、キラキラ、りんぷんを撒きちらしながら飛んでいた妖精たち。
その体が、今はまるで妖精の形をした、ただの炭。
目を見開き、手足をおりまげて。あたしたちの足元に横たわっている。
「アザは、過去の影響が遅れて、妖精の体に出ただけだって、言ったろっ!? それがなんで、妖精を真っ黒にするぐらい、広がってんだよっ!! 」
ヨウちゃんが、おおいかぶさるようにして、鵤さんに向かっていく。
あたしと同じ小六なのに、ヨウちゃんの身長はもう、おとなの男の人並みに高い。小柄な鵤さんが押され負けしちゃう。
「ヨウちゃん、落ちついてっ! 鵤さんのせいじゃないよっ!! 」
あたしは後ろからぎゅっと、ヨウちゃんの左腕をつかんだ。
ヨウちゃん、肩で息をついて、奥歯をかみしめてる。
……こんなヨウちゃん、はじめて見た……。
ヨウちゃんって、学校じゃ胸張って、エラそうだけど。それでも、おとなには、礼儀正しくできる人。
しかも鵤さんは、ヨウちゃんの亡くなったお父さんの友だち。アイルランド出身で、日本名は「鵤ダグラス」さん。
浅山(あさやま)の植物園の管理人さんで、ヨウちゃんがフェアリー・ドクターの薬をつくるときに、植物の葉や枝をわけてくれる人。
だから、ヨウちゃんにとっても、大事な人なのに。
「あの……あたしの手首のアザも広がってるんです。鵤さん、こないだ『影響が、現在進行形じゃなければ消える』って言いましたよね。これって……もしかして現在進行形ってことですか……?」
たずねる口元、震えてきちゃう。
一ヶ月ちょっと前。
ここ、浅山にある戦争遺跡の砲弾倉庫跡に、黒いタマゴが置かれてた。
それは八年間、孵化の日を待ち続けてた妖精のタマゴだった。
もともとは真っ白で、純粋な白い妖精が生まれてくるはずだったタマゴ。
だけど、純なものほど、邪悪なものの影響をかんたんに受けやすい。
孵化寸前のタマゴは、真っ黒にかわっていた。
タマゴは黒い意志を持っていて、ヨウちゃんのお父さんに対する怒りを、お父さんとそっくりな顔をしたヨウちゃんに向けた。
ヨウちゃんはさんざん、黒いタマゴに苦しめられて。
すごくがんばって、タマゴが孵化する前に破壊したんだ。
それで、ぜんぶ終わったはずだったのに――。
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