《1》 浅山にて1 - ナイショの妖精さん4
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《1》 浅山にて1

  16, 2021 20:18
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 ――ヨウちゃん。





 ヨウちゃん。




 ここは、真っ暗。



 あんまり暗すぎて、手も足も、どこにあるのかわからない。





 あたしね。


 自分の顔も、わすれちゃった……。




◆   ◆   ◆



 アーチ型の入口から、白くて冷たい日がさし込んでいる。


 日差しが、影にさえぎられた。

 スノーマンのように丸い人影。


「葉児(ようじ)君に、綾(あや)ちゃんじゃないか」


 目が慣れてきて、砲弾倉庫跡に入ってくる人の、水色の作業着が見えた。

 丸いお腹に短い足。頭はつるつるで、耳の横にだけ灰色の髪がのこってる。細かいしわにかこまれた青い小さな瞳。


「鵤(いかるが)さんっ!」


 あたしのとなりで、ヨウちゃんがさけんだ。


「こ、こ、これは、いったいどうなってんだ……っ!? 」


 セーターのそでぐちに隠されているあたしの左手首。その手首から、ひじのあたりまで、池みたいに大きな黒いアザがある。


 今、ここ、砲弾倉庫跡のレンガ造りのゆかに、点々と落ちている黒い物体とおんなじ黒。


 その真っ黒い物体は、手のひらサイズで、背中にトンボの羽がはえていた。

 ついこないだまでは、白い肌で、キラキラ、りんぷんを撒きちらしながら飛んでいた妖精たち。

 その体が、今はまるで妖精の形をした、ただの炭。

 目を見開き、手足をおりまげて。あたしたちの足元に横たわっている。


「アザは、過去の影響が遅れて、妖精の体に出ただけだって、言ったろっ!?  それがなんで、妖精を真っ黒にするぐらい、広がってんだよっ!! 」


 ヨウちゃんが、おおいかぶさるようにして、鵤さんに向かっていく。

 あたしと同じ小六なのに、ヨウちゃんの身長はもう、おとなの男の人並みに高い。小柄な鵤さんが押され負けしちゃう。


「ヨウちゃん、落ちついてっ! 鵤さんのせいじゃないよっ!! 」


 あたしは後ろからぎゅっと、ヨウちゃんの左腕をつかんだ。

 ヨウちゃん、肩で息をついて、奥歯をかみしめてる。


 ……こんなヨウちゃん、はじめて見た……。


 ヨウちゃんって、学校じゃ胸張って、エラそうだけど。それでも、おとなには、礼儀正しくできる人。

 しかも鵤さんは、ヨウちゃんの亡くなったお父さんの友だち。アイルランド出身で、日本名は「鵤ダグラス」さん。

 浅山(あさやま)の植物園の管理人さんで、ヨウちゃんがフェアリー・ドクターの薬をつくるときに、植物の葉や枝をわけてくれる人。


 だから、ヨウちゃんにとっても、大事な人なのに。


「あの……あたしの手首のアザも広がってるんです。鵤さん、こないだ『影響が、現在進行形じゃなければ消える』って言いましたよね。これって……もしかして現在進行形ってことですか……?」


 たずねる口元、震えてきちゃう。



 一ヶ月ちょっと前。


 ここ、浅山にある戦争遺跡の砲弾倉庫跡に、黒いタマゴが置かれてた。

 それは八年間、孵化の日を待ち続けてた妖精のタマゴだった。

 もともとは真っ白で、純粋な白い妖精が生まれてくるはずだったタマゴ。

 だけど、純なものほど、邪悪なものの影響をかんたんに受けやすい。

 孵化寸前のタマゴは、真っ黒にかわっていた。


 タマゴは黒い意志を持っていて、ヨウちゃんのお父さんに対する怒りを、お父さんとそっくりな顔をしたヨウちゃんに向けた。

 ヨウちゃんはさんざん、黒いタマゴに苦しめられて。

 すごくがんばって、タマゴが孵化する前に破壊したんだ。


 それで、ぜんぶ終わったはずだったのに――。




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