《5》 きざし2 - ナイショの妖精さん3
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《5》 きざし2

  06, 2021 21:06
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「綾っ!」


 浅山の登山口で、ヨウちゃんがあたしを待っている。


「手、見せてみろっ!」


 かけよってきて、ぐっとあたしのコートの左そでをまくる。

 腕に視線を落としたまま、ヨウちゃん、かたまった。


「あ……あのね。洗ったんだよ? せっけんで、ごしごし。それでも落ちないから、ちゃんとお湯でも。だけど……やっぱり、ぜんぜん落ちないの……」


 言葉にしたら、寒気が襲ってきた。あたしは、ヨウちゃんのモッズコートの腕にしがみついた。

 あったかい。だけど、ヨウちゃんの腕もかすかに震えてる。


「……ぐあいは? 腕が痛いとかはないのか? 吐き気がするとか、腹が痛いとか……?」

「それは、ぜんぜん。いつのまにこんなに広がったのか、自分でもわかんないくらいだもん」

「そうか。なら、このまま、植物園に行くぞ。また、鵤さんに相談するっ!」

「うんっ!」


 あたしたちは、登山道をのぼりはじめた。

 頭の上で、うす雲をかぶった太陽が、ぼんやり白いひざしをあてている。



 今朝、ママとパパに、「あけましておめでとう」って言って。お年玉をもらって。年賀状を確認した。

 そのあと、真央ちゃんから「あけおめ」電話がかかってきて。

 去年とかわらない、新年のスタートをきったところだったのに。


「……ねぇ、鵤さん、前に言ってたよね。黒いアザは、過去の影響が少し遅れて、体に出たんだって。現在進行形じゃなければ、消えるって。それなのに広がってるってことはさ。……もしかして……過去の影響じゃなくって……」


 その先は、怖すぎて言えない。

 ヨウちゃんは無言で、あたしの右手を引く。



 植物園のビニールハウスと、花壇に植わった色とりどりの花が見えてきた。

 だけど、花壇とあたしたちの間には、柵が立ちはだかっていた。


「一月一日から三日まで休館します」


 柵にはられた紙に、書いてある。


「……どうしよう……」


 あたしたちはふらふらと登山道をくだってきた。


「植物園の休館日はあさってまでか。四日にまた、ここに来るしかないな。オレはそれまで、書斎の本を調べてみる。綾、かわったことがあったら、すぐに電話しろ」


「うん……」


 ヒースの茂みが見えてきた。冷たい空の下、ゴワゴワと、風にゆれる深緑色の草原。

 奥に砲弾倉庫跡が眠ってる。

 砲弾倉庫跡の一番左はじのアーチ形の入口で、銀色の光が瞬いているのが見えた。


「あれ……? 妖精たちが来てる……?」


「……みたいだな」


 あたしたちは倉庫のほうへ、ヒースの葉を踏んでいった。


 レンガ造りの古い遺跡。

 一番はじの暗がりになった部屋で、銀色のトンボの羽が飛び交っている。


 あ……チチやヒメたちが遊びに来てる……。


 足を一歩、中に踏み入れたとき、目の高さを飛んでいた妖精がひとり、つ~っとあたしの足元に落下してきた。



「……え……?」


 またひとり。

 はばたきをやめて、つ~っとゆかにふってくる。


「し、下っ !!」


 ヨウちゃんが、後ろからあたしの肩を引いた。


 白くて冷たい日が差し込む、レンガのゆかに。

 銀色のトンボの羽が、点々と落ちていた。


 その羽を背中にはやした妖精たちは、みんな、こげたような黒色をしている。


 まるで、黒い妖精の形をした灰。


 目を見開き、細い手足をおりまげて。かつて妖精だったモノたちが、バラバラと横たわっている。


「き、き、きゃぁあああああっ!! 」


 のどを悲鳴が引き裂いた。













――「ナイショの妖精さん 3」 完――




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