
「妖精と同じアザが、人間にもできることはありえない。葉児君が話していた、妖精のタマゴをお腹で孵化した子っていうのは、きみのことだね」
チラリと、ヨウちゃんを見あげる。ヨウちゃんが、あたしにこくんとうなずいた。
……この人には、話してもいいんだ……。
「……はい」
「やっぱりそうか。このアザはね、妖精のアザだよ。妖精とは、もともと白い、純なものなのだが。だからこそ、黒い、邪悪なものの影響をかんたんに受けやすい」
「……邪悪なものの影響?」
「先々月、浅山の気が、かなり荒れていた。それを直したのは、きみたちだね?」
「……知ってたんですか?」
ヨウちゃんに、鵤さんはほほえみ返した。
この人、いったい何者なのっ!?
「なに、綾ちゃん。警戒しなくても、わたしなど、そんなたいそうなものじゃない。ただのしがない植物園の管理人さ。こんな歳になるまで、朝から晩まで、こんな場所で働いていたらね。イヤでも、浅山のすみからすみまで知りつくしてしまう」
「じゃ、じゃあ、鵤さん……。アザは黒いタマゴの影響だって言うんですか? だ、だけど、あの黒いタマゴは、オレがすでに壊したはずだ……。今さらなんで……」
ヨウちゃんの腕が、ガタガタと震え出す。
そうだよ。ヨウちゃん、あんなにいっしょうけんめい戦ったのに……。
あたしは、両手をまわして、横からヨウちゃんの左腕に抱きついた。
ヨウちゃんがハッと、あたしを見おろす。腕の震え、おさまってる。
「……仲がいいね」
鵤さんが目を細めた。
「心配することはないよ。影響というものは、たいてい、少し遅れて体に出てくるものだ。現在進行形でなければ、それもやがて消える。このアザも、ほっておけば、勝手に消えるさ」
オレンジ色の夕日が、木の枝の先まで落ちてきている。
かげりだした登山道。雑木林の間からのぞく空は、ピンク色。
「……アザ、ほっておけば、消えるって」
あたしは自分の右どなりを見あげた。
「……ああ」
枯れ葉を踏みしめながら、ヨウちゃんがぼんやりつぶやく。
「そんな……大騒ぎするほどのものでもなかったんだね」
「……ホントだよ」
さっきまでのあせりが、ぜんぶいっぺんに飛んでいったら、体から力が抜けちゃった。
鵤さんにお礼を言って、植物園から出て。
あたしたち、クラゲみたいに歩いてる。
どさくさにまぎれて、震えるヨウちゃんの腕に抱きついたこととか、思い出すと、かなりはずかしいし。
だから今、あたしの右手は、わきの下でぶらり。
ヨウちゃんの左手も、あたしの右手の数センチ横でぶらり。
「……鵤さんは、鵤ダグラスさんって言って。アイルランド出身なんだよ。若いときに、日本に帰化したらしい。浅山で、ずっと植物園の管理人をしていて、とうさんとも、ここで、知りあったって、言ってた。とうさんとよく深酒して、ふたりして、かあさんに怒られてたらしいぞ。
オレのことも、あのとき……ブラックベリーの葉をもらいに行ったとき、すぐに、とうさんの息子だって気づいたって、言ってた。顔だけじゃなくて、雰囲気っていうか、たたずまいが同じだったって」
足元を見つめるヨウちゃんの口元、ほころんでる。
ヨウちゃんが四歳のときに、亡くなったお父さん。
記憶にのこってるのかどうかも、あやしい人。
お父さんに会いたくて。だけど会えないから。ヨウちゃんは、お父さんの形見でいっぱいの書斎にこもるのかなって、思ったこともある。
そんなヨウちゃんにとって、鵤さんと知り合えたことは、お父さんの面影に会えたみたいなものかもしれない。
右横に目を向けて、ヨウちゃんが立ちどまった。
そこで右の木々が切れていて、ヒースの茂みが広がってる。
まるで山の斜面にぽっかりあいたミステリーサークル。ピンク色の空の下。丘の葉をゆらす風は、ひんやり冷たい。
ヨウちゃんのお父さんが亡くなってから、八年たって。
あたしたちは、この場所で妖精を見た。
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