
うす雲が切れて、午後の光が、浅山を照らしてる。
葉の落ちた枝の先にともる太陽の粒は、新しい花の芽みたい。
登山道につもる落ち葉。踏みしめる、ヨウちゃんの足。大またで一歩、一歩。
右手を引かれて、あたしも山道をのぼっていく。
中腹に植物園が見えてきた。
ゲートの中に、葉ボタンやパンジーの花が咲いている。
花壇の奥には、梅や柿やみかんの木。さらに奥には、全面ガラス張りの温室の屋根。
無料なのがもったいないくらい、大規模な市立の植物園。だけど、平日の午後三時。お客さんはひとり、ふたり。
まぁ、田舎町の山の中にあるんだから、しょうがないのかもしれないけどね。
「ねえ、きょうは、砲弾倉庫跡に行くんじゃないの?」
「てっとり早く、人にきく」
「……人?」
入り口のわきに管理棟があった。ヨウちゃんはためらわずに、その窓口をのぞきこんだ。
「鵤(いかるが)さん、いますか?」
「ああ。今は、作業に出てるよ」
中で、作業着姿のおじさんがパイプイスにゆるく座って、のんびり答える。
お礼を言って、ヨウちゃんはまた歩きだした。
「ヨウちゃん、鵤さんって、だれ?」
「ここの管理人だよ。フェアリー・ドクターの薬をつくるとき、うちの庭にない植物の葉や枝をわけてもらってる。おまえも前に、一度、会ったことがあるぞ」
「え~?」
迷路みたいに入り組んだ、花壇の間の散歩道。
先のほうで、人影が動いた。
スノーマンみたいな丸い影。逆光になって、こっちにゆっくり歩いてくる。
あたしの手を引いたまま、ヨウちゃんが立ちどまった。
重そうな体を右に左にゆらしながら、やってくるのは、おじいさん。
水色の作業着姿。丸いお腹に短い足。まるで、白雪姫に出てくる小人さん。
頭はつるつるで、耳の横にだけ灰色の髪がのこってる。
「鵤さん、こんにちは」
ヨウちゃんはぺっこり頭をさげた。
「こんにちは。葉児君じゃないか。こないだのアッシュやホーソンはうまくつかえたかい?」
おじいさんは、灰色のひげのはえた口でにっこり笑った。
あ……この人、たしかに見たことある。
「おかげさまで。――綾、前にここで、鵤さんに、ブラックベリーの葉をわけてもらったことがあっただろ?」
「あ、そっか! ヒメのやけどを治した、あのときのっ!! 」
「きみは、葉児君といっしょにいた子だね……」
「は、はい! 和泉綾ですっ!」
あのとき、あたしはまだ、ヨウちゃんのことさえ、よく知らなくて。すごく遠い人に思えた。
なのに、あのヨウちゃんは、今ここにいるヨウちゃんとおんなじ人。
あたりまえのことなんだけど、なんだか不思議。
太陽に照らされる鼻筋の通った横顔をぼんやりながめていたら、ヨウちゃんの手がのびてきて、あたしの左のコートのそでを、ぐいっとたくしあげた。
「鵤さん、このアザ、なんだか、わかりますか?」
「アザかい? どれどれ?」
鵤さんが、あたしの手首をのぞきこんでくる。
「どうも、知らないうちについてたらしいんです。で、こないだ、妖精たちにも、同じアザができているのを見かけたので」
え? ヨウちゃん、あたし以外の人の前で、すんなり「妖精」って口にした。
「なるほど……」
鵤さんも、顔色をかえずに、きき入れてる。
「綾ちゃん。きみは……ただの人間じゃないね?」
ドキッとして、あたし、シワの奥の小さな目を見返した。
あれ? この人、目が青い……。
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