
ヨウちゃん、ぐっと、奥歯をかみしめる。
あ……そうなんだ……。
「でもさ、ヨウちゃん。誠のは、おでこだよ? それに、お芝居の中での話でしょ。誠だって反省してるんだし。もういいじゃん」
「だからなんで、おまえはいつも、誠には甘いんだよっ!! ……オレなんて……ふれてもねぇのに……」
ウソ……。ヨウちゃんのあご、震えてる。
「お、おまえっ! 前にオレのこと好きって、言ったじゃねぇかっ!! 」
頭の中、真っ白になった。
……ヨウちゃん、ホントにどうしちゃったの?
だって。あたしをにらみつける目から、ぼろぼろ涙がこぼれてくる。
こんなヨウちゃん、あたし知らない……。
こんな、小さな駄々っ子みたいな……。
「も、もう。い~よ。おまえなんか、知らねぇよ。誠がい~んだろ? さっさと誠んとこ行けよ……」
じゃ、じゃあなんで、しゃくりあげてるの?
男子って、泣くとこ人に見られるの、イヤなんじゃないの?
自分の胸をかきむしって、「っ……」「く……」って、声をつまらせて。
痛そう……。
「……ヨウちゃん。あたしが誠にキスされたこと、そんなにショックだったの……?」
つぶやいた自分の声が、自分の胸にはね返ってきた。
……あれ……?
もしかして、ヨウちゃん……あたしのこと……そうとう好き……?
「……ショックに……決まってんだろ……」
琥珀色の目が、震えながらあたしを見つめる。
「オレが……ビビッて、ヘタレて……なんもできないでいるうちに……。あいつは、どんどん、綾を手に入れてる……」
「誠が? あたしのこと、手に入れてなんか、ないよ。なんで?」
「だって、あいつは……ちゃんと綾を笑わせられるじゃねぇかっ! 綾と芝居でカップルになって。手ぇつないで、仲良く空飛んで。オ、オレは……。オレなんか……。キツイことばっか言って、つきはなすようなことしかできなくて……。な、なのに……芝居でさえ、敵役で……」
「……ヨウちゃん……」
あたしは、そっと、ヨウちゃんの胸に自分のほっぺたをくっつけた。体重をあずけて、平たい大きな胸にもたれてみる。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
ヨウちゃんの心臓の音、痛い。
「ヨウちゃん……ちがうよ……。きょう、劇でセリフを言えたのは、ヨウちゃんがきのう、しっかりきつく、スパルタ教師してくれたからだよ……。あたし、わかってる。ヨウちゃんが、いつも、あたしを助けてくれること。
だいじょうぶ、あたしは、どこにも行かない。あたしの心は……永遠にあなただけのもの……」
「……綾……」
ヨウちゃんが「ひっ」としゃくりあげた。
「……おまえ、アホだろ? なに、言っちゃってんだよ……」
「いいんだもん……。どうせ、アホっ子だもん……」
だって、痛いのはつらいから……。
胸に置いた手のひらから伝わってくる、ヨウちゃんの心臓の音。この音が、少しでもやわらぐように……。
「……綾」
ヨウちゃんが、ふっと、あたしの左手首を持ちあげた。
ドキッとして、顔をあげる。
涙でうるんだ琥珀色の瞳。
あたしのくちびるに、ヨウちゃんのくちびるが近づいてくる。
ふわっと、ほおに吐息がかかった。
あ……あと五センチ。
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