
「は~。怖かったぁ~。お芝居中に、あの世に行くハメになるかと思ったぁ~」
六年の教室で、誠がぺたんと黒板の下に、腰をおろしてる。
「和泉ぃ、ありがとなぁ。葉児をとめてくれて~。おかげでオレ、命拾いしたよ~」
「あはは。誠ってば、おおげさ。主役、おつかれさま」
誠はピーターパンの衣装をぬいじゃって、いつものよれたトレーナー姿にもどってる。
あたしも、真央ちゃんも、青森さんも。役を持ってた子たちも全員、普段着。コスプレパーティーはおわっちゃった。
きょうは、午前中のクリスマス会だけで、給食を食べてすぐに下校のハッピーデー。
だから、帰りのホームルームがはじまるまで、先生を待っているところなんだけど。
「あ~。戦う中条君、カッコよかった~」
「動画におさめときたかったね~」
「誠なんか負かしちゃえばよかったのに。和泉さんがジャマするからっ!」
リンちゃんたち、言いたい放題。
でも。肝心のヨウちゃんはと言えば。
自分の席にも座らないで、後ろのロッカーの前で体育座りして、うつむいてる。
なんていうか、ヌケガラ。背中から、負のオーラがただよってるんだけど。
「カッコイイ」って言ってる女子たちでさえ、今は怖すぎて、近寄れないみたい。
ヨウちゃんのところに行こうか、どうしようか、まよってたら、誠に「和泉ぃ」って、呼ばれた。
「さっきは、本当にごめんな。オレ……劇に夢中になりすぎて、調子にのった……」
それって、デコチューのこと……。
「う、ううん。ううん。へいきだよ。だって、お芝居の中での話でしょ? あたしのことは気にしないで」
「あはは」って、笑ったら、誠の目元もへにゃり。
「和泉ぃ。ダメだよ、そういうのは。もっとちゃんと、オレをしからなきゃ。オレ、勝手にいいように取っちゃうよ?」
「……え?『いいように』って?」
首をかしげたら、槍みたいな視線がつきささってきた。
後ろのロッカーから、ヨウちゃんが教室を横断して、あたしたちをにらんでる。
目の中で炎がメラッメラ。
こ、怖~っ!
ヨウちゃんがものすご~く、怒ってる件について。
あたしなりに、理由を考えてみたんだけど。
「……やっぱり、みんなの前で、戦いを中断させちゃったのが、気に食わなかったの?」
学校帰りに書斎に寄って。おそるおそるたずねたら、「んなわけ、ねぇだろっ!」って、怒鳴られた。
「そこは、とめてくれて、むしろ感謝してるよっ! それより、綾。おまえ、なんなの? どうして、カレシでもない人んち、毎日来てるわけ?」
うわ、ズキっ!
「……なによ。ヨウちゃんが言ったんじゃん!『話があるから、家に来て』って……」
お父さんのつくえの前で、ピクンと、ヨウちゃんの肩がゆれる。
でも、来たことは、しっぱいだったね。
今のヨウちゃん、怒りまくりすぎていて、とてもじゃないけど、冷静に話なんてしてくれそうにない。
「……わかった……。もう帰るね……」
ランドセルを引きずって、とぼとぼ書斎のドアに歩きかけたら、ヨウちゃんが後ろからつかつか歩いてきて、まわり込んだかと思うと、バンッと、ドアの前に立ちふさがった。
「……え?」
なにこれ?「帰るな?」ってこと?
「……オレんときは、嫌がったくせに」
ヨウちゃん、ドアに背中でもたれて、うつむいてる。
「……え? なにが……?」
「『なにが』じゃねぇよっ!! おまえ、フリでも嫌がったじゃねぇかっ!」
……フリって……。
「もしかして……キスのこと……?」
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