《1》記憶の実、ころり 11 - ナイショの妖精さん1
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《1》記憶の実、ころり 11

  27, 2018 22:07
2018091201




● ● ● ● ●


――だいじょうぶ。きみの背中には羽がある――


 男の人は言った。


――その羽を、きみ自身が信じられなくなってしまったら、きみの羽は抜けてしまうだろう――


 あたしは涙をこぼして、しゃくりあげながら、その人を見あげた。

 あたしの手や足は、今よりもずっと短い。身長もすごく低いから、目の前にしゃがみこんだ男の人が、巨人みたいに大きく感じる。

 あたしが着ている紺色のスモックは、幼稚園のときの制服。頭にかぶっているのは、黄色いチューリップハット。


 男の人の大きな手が近づいてくる。小さなあたしの手のひらに、真珠みたいなアメが一粒、ころんと置かれる。


――羽があることをわすれないで。そうすれば、いつかきっと、きみは空を飛んでいけるから――


 空を……飛べるの……?


 あたしは、その人の琥珀色の目をのぞきこんだ。

 宝石みたい。透きとおっていて、奥がじんわりあったかい。

 その人は、ほっぺたのしわを深くして、ほほえんだ。
 茶色い背広に、茶色い中折れ帽子をかぶってる。えりもとにはループタイ。パパよりも少しおじさんかな?


 本当に? あたしでも?

 こんな、へなちょこりんのあたしでも?

 だって、ママ、怒るんだよ? あたしがおねぼうさんだから。

 みんなは、おようふくのボタンとめられるのに、あたしだけ、とめらんないの。

 おゆうぎもね、あたしだけへたっぴなの。

 だからね、あたしは、ひとりぼっち。

 みんなといっしょに、お山に来てたんだけど。みんな、あたしなんかいらないって、どっかに消えちゃったんだ。


――綾ちゃん、耳をすませてごらん。先生の声がきこえるよ。綾ちゃんを心配して、さがしているよ。時期が来れば、きみはかならず、おじさんの言葉の意味に気づくはず。それまでは信じることをやめないで――


 おじさんの胸や肩に、無数の銀色の羽がとまっている。


 トンボの羽のある小さな女の子や男の子が、身を休めてる――。


● ● ● ● ●




 思い出したっ!


 あのとき、あたしは幼稚園の年中さんで。

 浅山に遠足に来ていて。迷子になって、かなしくて。
 あのおじさんに助けてもらった。


 ……あたし……昔も妖精を見てたんだ……。


「うわぁあああああっ!! 」


 思い出にひたるあたしの前で、中条が背中から倒れていく。
 右足と左足を交差させてるから、自分で自分の足に引っかかったみたい。


「うわ、うわ、うわ、うわぁっ!! 」


 砲弾倉庫の前に尻もちをついたと思ったら、今度は、腕をめちゃくちゃにふりまわしはじめた。


「な、なんだ、こいつっ! や、やめろ! きしょくわるい! は、は、はなれろ~っ!! 」


 中条の胸に、さっきの妖精の女の子がくっついている。


「チチチチ。チチチ、キン、キン」


 スプーンとフォークをかちあわせたみたいな。せわしない音。

 よく見たら、女の子が口をパクパクしてる。


 これって、妖精の声っ!?


「チチチチ、チチチチチ」


 青い目で、きゅっと中条を見あげて。ツツジのめしべみたいに細い両手でしがみついて。
「おねえさんを助けて」って、うったえているみたい。


「うわ、うわ、うわぁああっ !!」


 だけど、中条、前も見えてない。

 腕をふりまわしながら、立ちあがり。と思ったら、後ろにさがりすぎたせいで、レンガの壁に背中をうちつけて。自分の失敗なのに、「ぎゃあ!」とか、人にやられたみたいにおどろいてる。

 妖精の子の手が、ほどけた一瞬。


「に、逃げるぞっ!」


 中条は、つんのめるようにして、かけだした。

「わっ 」って右手首を見たら、あたしの手までつかまれてる。



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