
「……えっ?」
だけど、キスシーンが……。
「……じゃあ、オレから。――ウエンディ。おとなになんかなる必要ないよ。ぼくといっしょに子どものままで、楽しいことだけ考えて暮らそう……」
……わ……声、低い。
それに、誠がハキハキ読みあげるところを、そんな細々と読まれたら。
「ヨウちゃんって、ぜんぜんピーターパンっぽくないね。やっぱり、ピーターパンは誠で正解」
「うるさい。次は、ウエンディのセリフ」
「はいはい。え~っと。――ピーターパン。それでもわたし、おとなになるのはステキなことだって、気づいたの。あなたに恋をしたからよ」
ヤダもう、ほっぺた熱い。
リンちゃんてば、なんでこんな、べったべたなセリフ書いちゃったわけ?
ヨウちゃんの琥珀色の瞳が、まっすぐにあたしを見おろしてるし。
ほっぺたの熱で、のぼせちゃって、頭くらくら。
「えっと。ピーターパン。わたしといっしょに人間の世界に行きましょう……」
「……イヤだよ。ぼくは行かない」
ぎゅっと、心臓を大きな手のひらでにぎりつぶされた気がした。
「おとなになんか、なるもんか」
……ヨウちゃん……お芝居の中でさえ、あたしとつきあってくれないんだ……。
「……綾?」
ヨウちゃんがまばたきした。
「あっ」と思って、目元をふく。
……あれ? あたし……泣いてた?
「……スゴイな、綾。ちゃんと、感情移入できるじゃねぇか」
ちがうよ。相手が、ヨウちゃんだからだよ……。
だけど、今ので思い知らされた。今まで、自分がどんなに棒読みだったか。
感情が入ったとたんに、お話にぐっと重みが出たみたい。
「次、行くぞ。フック船長に、みんなつかまる。海賊船で板わたりの刑をさせられそうになったウエンディを、ピーターパンが助ける。はい、ウエンディ、セリフ」
「ピーターパン。おとなになるわたしを許して。でも、わたしの心は……」
脚本から目をはなして、顔をあげたら、ふれられる距離でヨウちゃんの顔があった。
ドキン、ドキン。
心臓が痛い……。
「わたしの心は……永遠に、あなただけのもの……」
あ……ここから、キスシーン……。
ふわっと、左のほっぺたに、あったかい手のひらがふれた。
……え?
ヨウちゃんが腕をのばして、あたしのほっぺに右手のひらをそえている。
近づいてくる琥珀色の瞳。熱を帯びてうるんでいて、ぐいぐい目の中に飲み込まれる――。
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