
しかたなく、またセリフを読みあげはじめたんだけど。
すぐに、ダメ出し。
「綾さ。読むことばっかりに、頭つかってるから、セリフが入ってこないんじゃねぇの? いったん、セリフからはなれて、ウエンディの気持ちになって、考えてみろよ。
この話、倉橋がなんのつもりで書いたか知らねぇけど、ラブストーリーになってんだろ? ウエンディはピーターパンが好きなのに、ピーターパンは永遠の子どもでいたいから、ウエンディの気持ちに応えない。ウエンディはせつない片想い中なんだよ」
あ。……ムカっ!
「そんな気持ち、ヨウちゃんなんかより、あたしのほうが、ずっとよくわかってるもんっ!」
下からにらみつけたら、ヨウちゃん、ぐっとつまった。
「……わかるんだったら、かんたんだろ? ほら、やってみろ」
だから、なんでそう、人ごとなわけっ!?
ヨウちゃんはもう、あたしから背を向けちゃって、知らんぷり。
ため息をついて、あたしはゆりイスの上で、脚本読みを再開。
「……えっと。フック船長につかまった子どもたち。ジョン、マイケル、ウエンディ。海賊船で、フック船長が、板わたりの刑をやらせようとしているとき、ピーターパンが助けに来て……それで……」
「ト書きはいいから、ウエンディのセリフ」
「えっと。セリフ、セリフ……。あった。『ピーターパン。おとなになるわたしを許して。でも、わたしの心は永遠に、あなただけのもの』と言って、ウエンディとピーターパンがキス」
ヨウちゃん、ブッとふき出した。
「は、はぁ なんだ、それっ!? オレの脚本には『ピーターパン、助けにきてくれてありがとう』しか書いてないぞっ!! 」
「あ、そう言えば、サプライズって書いてある……」
「……は?」
ヨウちゃんが、横からあたしの脚本をのぞきこんできた。
パソコンで打たれた脚本の横に、リンちゃんの紫のラメペンで、「ここは本番だけのサプライズ。ピーターパンとウエンディ以外の人には知らせちゃダメ(キスはフリだけで可)」って書いてある。
「そうだ。この脚本って、お姫さま抱っこが取りやめになったあとで、リンちゃんがあたしにくれたヤツだよ」
「はぁ? オレはそんなのわたされてねぇけど」
「うん。たぶん、新しいのをわたされたのって、あたしと誠だけ」
「って、おまえはなんで、そんな冷静なんだよ。倉橋におちょくられてんのが、わかんねぇのか? ぼっとしてないで、こんな脚本もらった時点で、つき返せっ!」
そんなのわかってたもん……。
リンちゃんにとってあたしは、ヨウちゃんに近寄るオジャマ虫。誠とくっつけて、退散させちゃいたいんだよね。
そうは言っても、本命の有香ちゃんには、手も足も出せないんだろうけど。
でも……ヨウちゃんには、関係ないじゃんっ!
「いいじゃん、べつに。キスはフリだけでいいって、書いてあるし。お芝居の中だけのことでしょ? 誠だって、知ってるはずなのに、なんにも言ってこないよ。それにさ。相手は、誠だもん。ほかの男子とだったら怖いけど、誠となら、べつに……」
「……お、おまえな……」
顔を赤くして、ヨウちゃん、もっと言いかけたけど、眉をしかめてうつむいちゃった。
「そうか……。いいのか……誠となら……」
……あれ? なんか、目のふち赤い……?
「え? あ、ち、ちがうよっ!? だって、誠って、なんていうか、あたしと感覚が似てるんだもん。男っぽい怖さ? みたいなのがなくってさ。いっつも、となりでニコニコ笑っててくれる感じ? だから、なんて言うか、安心感があって……」
「……ふ~ん。誠は……ずいぶん信頼されてんだな」
歯のすき間からもれてくる、ザラザラの声。
背中でつくえにもたれて。ヨウちゃん、彫刻になっちゃったみたいに、顔をあげない。
コチコチと時計の音。
「……なあ、綾。読み合わせしてやろうか?」
前髪の下から、琥珀色の目があたしを見た。
「オレがピーターパン役やってやるよ」
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