
「ウエンディ。おとなになんか、なる必要ないよ。ぼくといっしょに子どものままで、楽しいことだけ考えて、暮らそう!」
誠がハキハキ笑って、あたしの前に手をさしだしてくる。
すごい、誠。すでに、脚本、丸暗記してる!
やるときゃ、やるって、こういうこと?
いつも、二十点のテストを「あっれ~?」なんて、見せびらかしてるのがウソみたい。
劇はあした。
教室の後ろには、大道具が色を塗った、ダンボールの背景がいっぱい。
有香ちゃんたち衣装係も、家庭科室のミシンを占領して、役者全員分の服を完成させてくれた。
「忌々しき、ピーターパンめ。このカギヅメで八つ裂きにしてくれる!」
って、ヨウちゃんのフック船長、迫力ありすぎで、こっわ~。
早くもパーティーグッズを売ってる雑貨店で、ワニの着ぐるみを買ってきた真央ちゃん。緑のフードをかぶって、カチカチ、時計の音をたてながら、ヨウちゃんめがけて近寄っていって。
青森さんのティンカーベルは、ラップの芯に色紙をまいてつくった杖で、あたしたちに魔法をかけてくれる。
みんなカンペキ。
なんだけど……。
「えっと……ピーターパン? わたしは……。えっと……その、なんだっけ?」
口の中でもごもご言ってたら、「和泉さんっ!」って、リンちゃんの声、裏返った。
「なんで、いまだにそんな棒読みなのっ!? しかも、ぜんっぜんセリフ覚えてないじゃんっ! クリスマス会はあしたなのに、ウエンディがそんなんで、どうすんのよっ!? 」
う~……ホントにどうしよう~……。
最近は、放課後、学校にのこって、毎日劇の練習してるのに~。
「ご、ごめんね……いちおう、家でも、練習してるんだけど……」
「あのね、練習してたって、成果が出なきゃ意味ないのっ!! 」
ご、ごもっとも。
劇の練習が終わったら、スゴイ勢いで家に帰って、塾に行ってるリンちゃんの言葉だけに。お、重みが……。
それにあたし、たしかに練習に集中できてない。
ひとりになると、どうしても、ヨウちゃんと有香ちゃんのこと考えちゃう。
今朝だって、有香ちゃん、ヨウちゃんの席に話しに行ってた。
あの有香ちゃんが、上の空でぼ~っとしてたり、ヨウちゃんのところにとんでいって、何かをせき切るように、話していたりするのも知っている。
ヨウちゃんは、ぼそぼそそれに答えたり。たまに、ふっと笑ったり。そうしたら、あせって青ざめていた有香ちゃんのほおに、赤みがもどる。
苦しいよ……。
練習のことなんか、考えられないよ……。
「和泉ぃ。オレさぁ、ウエンディのセリフもだいたい覚えたから。本番でわかんなかったら、小声で教えてあげるよ」
誠が、あたしに耳打ちした。
「ま、誠ぉっ!! スーパーマンみたいっ!」
両手を胸でにぎりあわせて、じ~ん。
「ふふ~ん。それほどのものですよ~」
誠ってば、にっかにか。
「おい、誠。あまやかすなっ!」
顔をあげたら、ヨウちゃんが腕を組んで、ギロっと見おろしてた。
なによ。
有香ちゃんには、笑いかけるくせに。あたしにはそんな顔しちゃってさ。
ぷいっとそっぽ向いたら、あたしの肩に大きな手が、ポンってのっかった。
……ほぇ?
ぐいって、肩を引き寄せられて、耳横でアップになるヨウちゃんの顔。
えっ!? な、な、なにっ!?
「練習が終わったら、うちに来い。特訓するぞ」
つぶやいたと思ったら、ヨウちゃんはすぐに、あたしの肩から手をはなした。
ウソっ!?
「え? 和泉? 今、葉児、なんて?」
誠、真ん丸目で、まばたき。
「……わかんない……」
あたしは、ぽーっと右耳を押さえたまんま。
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