
あ……そっか。
このレンガの建物が、あたしたちの目的地。
つまりあたしは、くねくねまがる登山道からそれて、花畑を横断して、近道して、ここに出ちゃったってわけ。
「花田市は、太平洋に面してるだろ? 戦争中は、敵が海から侵入してくるかもしれねぇから、見張りのために、浅山に基地をつくったんだよ。一班が調べてる『砲台跡』は、じっさいに、大砲が置いてあった場所。ここは、その大砲でつかう爆薬なんかをしまっていた倉庫」
「さすが、中条君~。くわし~」
リンちゃん、両手をにぎりあわせて、ほれぼれ。
「まぁ、午前中に教わったことのくり返しだけどな」
中条、上から目線で、まんざらじゃなさそう。
「……ふ~ん」
「戦争のときにつかわれた」って言われたって、あんまり実感わかないんだよね。
それにここ、レンガをつんでつくられているから、一見、日本じゃなくて、ヨーロッパの遺跡みたい。
たとえば、妖精が住んでいそうな……。
「中条君、そろそろ集合場所にもどろ。ここ、なんか肌寒くてオバケ出そう」
立て札の文をうつし終わったリンちゃんが、自分の肩をさすった。
「だな。これ以上、写真撮るとこもなさそうだし、さっさと引きあげるか」
「え……あの……。でも……」
あたしまだ、一番奥のアーチの中、見てないんだけど……。
そっちへ歩きかけたら、「おい、和泉」って低い声で呼ばれた。
「なにしてんだ。行くぞ。これ以上、団体行動を乱すな」
「で、でもっ!」
中条だって見たはずじゃない! あの中に妖精が入ってくのをっ !!
「でもも、けどもないっ!」
あたしをにらんでくる、琥珀色の硬い目。
その目の奥が、一瞬、ふ~ってゆらいで見えた。
……あ。なんかストンって、胃に落ちた気分。
「わかった。怖いんだ」
「――は?」
「中条、怖いんでしょ? もし、一番奥の穴のぞいて、もう一度見ちゃったらって思ったら、怖いから、なかったことにしたいんだ?」
「えっ? なになに? もしかして和泉たち、ホントにオバケ見たの~?」
後ろから、誠がうれしそうに首をつっこんでくる。その誠のおでこを、中条がぺんっとはたいた。
「おまえはだまっとけ。――なんだよ、和泉。ケンカ売ってんの?」
こめかみを、つっと汗が伝っていく。
失敗したかもしれない。
あたし、クラスのボスにかみついてる……?
だけど、引きさがれない。
せっかく妖精を見たのに、なかったことにして、このまま帰れない。
「いいよ、中条君。和泉さんは置いて、集合場所にもどろ。待ってたって、待ってなくったって、和泉さんは、どうせ迷子になるんだから」
「いや。オレものこる」
あたしは「え?」と相手を見あげた。
中条はジーンズの後ろポケットに両手をつっこんで、リュックの取っ手を片側にだけかけて、リンちゃんたちをふり返ってる。
「班長の責任があるからな。悪いけど、倉橋(くらはし)は誠を連れて、先に行って」
「は~? なんだよ、葉児(ようじ)ぃ~ 。オレものこってオバケ退治したいんだけど~」
「おまえがいると、さらに遅くなりそうなんだよ! おとなしく先行け」
身長の低い誠の背中をひょいっと前に押し出して。しぶしぶリンちゃんと歩き出した誠を見送って。
石膏みたいに冷めたほおが、あたしに向き直った。
「――で? なに? 度胸だめし、しろって?」
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