
あたしには、ナイショにしていることがある。
クラスで一番人気の、イケメンくんの素顔。
◆ ◆ ◆
「それじゃあ、今年のクリスマス会の劇は、ピーターパンで決まりです」
学級委員の有香(ありか)ちゃんが、黒板の前で、黒縁メガネを鼻の上に押しあげた。
ふたつにわけて胸でたらした、真っ黒いつやつやの髪。すらっと背が高くて、細い腰。
親友の有香ちゃんは、頭がよくって、お裁縫も料理もなんでもできる。
アホっ子で、なにをやっても、うまくできないあたしとは正反対。
「じゃ~、ピーターパン役は、中条(なかじょう)君にして~っ!」
教室から黄色い声がとんできた。ツインテールに猫目がカワイイ、リンちゃん。
つられてほかの女子たちも「中条君」「中条君」って大合唱。
あ~あ。
きょうもヨウちゃん人気、炸裂中。
窓ぎわの前から二番目の席に座って、そっと後ろをふり返ったら、真ん中の一番後ろの席で、ヨウちゃんがひとごとみたいに、しらっとほおづえをついていた。
さらっさらの琥珀色の髪。
トレーナーを着ている肩幅は広くって。胸は平たくって。つくえの下で組んでいるジーンズの足は、長くって。
なんか、六年生の教室に、おとなの男の人がまじっちゃいましたって、感じ。
のどぼとけまで、しっかり出ちゃってさ。声がわりをすませてるし。
ヨウちゃんは、クラスの女子たちの、あこがれの的。
鼻筋が通ってて。あごがしゅっと細くって。ほっぺたは石膏みたいに白くって。
ヨウちゃんの亡くなったお父さんはイギリス人。お母さんは日本人だから、ヨウちゃんはハーフ。
ビビリでヘタレなくせにさ。
ムダにイケメンなんだから。
で。五時間目の学級会で、なにを話し合ってるのかって、いうと。
来月の十九日にひかえた、クリスマス会の出し物について。
クリスマス会では体育館にあつまって、各学年ごとに、クリスマスソングを歌ったり、ハンドベルを演奏したりするんだけど。
そこで、六年生は劇をするっていうのが、なぜだか、毎年の恒例。
でも、花田市立小学校は田舎のちっさい小学校だから、六年生って、この一クラスだけ。
つまりここに座ってる二十三人で、役者も大道具も小道具も衣装係も、脚本も監督もぜんぶやらなきゃならないんだ。
「ウエンディ役は、わたしね!」
リンちゃんがつづけて、「はいはい~」って、手をあげた。
そしたら、ほかの女子たちまで、「わたし~」「わたしがやりたい~」って、大騒ぎ。
うるさいなぁ、もう!
ど~せ、みんな、ヨウちゃんと劇の中で、イチャイチャしたいだけでしょ。
……イチャイチャ……かぁ。
両腕でほおづえをついて、あたし、ぼんやり窓の外を見た。
うす曇りで、寒い五時間目の空。
住宅街の向こうには、浅山のなだらかな山並みが見える。木々の葉っぱは茶色かったり赤かったり。枝は、ガザガザのタワシみたい。
ピーターパンのイチャイチャシーンって言ったらさ……。
ヨウちゃんと手をつないで、空を飛んだり。フック船長から、あたしを守るために、ヨウちゃんが戦ったり。最後には、抱きあっちゃったりして……。
ウエンディ役、やりたいかもっ!!
またふり返ったら、バッチリ、ヨウちゃんと目が合っちゃった。
透けるようにキレイな琥珀色の目。無表情のまんま。声を出さないで、口だけ動かして。「やらね~」。
それだけのことなのに、カ~って、熱くなってくるあたしのほっぺた。

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